スパイク・リー監督最新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』、いまの時代を捉えた歴史に名を残す名作

『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)を手がけたニュートン・トーマス・サイジェルという優れた撮影監督が捉えた色彩豊かなロケ地のタイとベトナムを舞台に、テレンス・ブランチャードの楽曲とマーヴィン・ゲイの1971年の名盤『ホワッツ・ゴーイン・オン』のソウルフルなフレーズが重なる。「ここに戻って来られるなんて鳥肌もんだ」とエディは言う。だが、ベトナム再訪が彼らにとって過去の傷口に触れることでもあるのは明白だ。ブラッズは“アポカリプス・ナウ(『地獄の黙示録』の原題)”というバー兼ナイトクラブに集まって酒を飲み交わし、「アメリカ戦争(訳注:ベトナムでは「ベトナム戦争」ではなく「アメリカ戦争」と呼んでいる)」によって焦土と化した地を案内しようというかつての宿敵である高齢のベトナム人ガイドたちの申し出を受け入れる。街路を照らすファストフードチェーンのネオンサインは、資本主義の勝利のシンボルだ。ブラッズは内に抱える痛みを癒そうと、どんちゃん騒ぎに興じる。その一方、メルヴィンには酒もオピオイドも不貞も効かないようだ。米HBOドラマ『THE WIRE/ザ・ワイヤー』ですばらしい演技を披露したピータースは、オーティス役としても輝いている。オーティスは元軍医で、自らの医療物資に手をつけながらも、ノーマン隊長が敵の攻撃で命を落としたあとに彼の後釜に座った人物だ。オーティスは元愛人のティエン(レ・イ・ラン)と再会し、娘の存在を知って激しく動揺する。メイストリームから無視あるいは悪とされたベトナム側に加担したオーティスにここで賛辞を贈らなければならない。ブラッズはヴィン・トラン(マーシャルアーツの達人として知られるジョニー・トゥリ・グエンが演じている)というベトナム人ガイドを雇う。ヴィンの家族は、ベトナム戦争の被害者だ。ブラッズはなぜ密林の端までしか道案内を頼まないのだろう? とヴィンはいぶかしむ。

ブラッズはいったい何を隠しているのか? 英雄にふさわしい葬儀をするためにノーマンの遺体を掘り起こす以外に自己中心的な動機があるのだろうか? 実は、最近の衛星写真により、隊長が眠る場所のそばに金塊が入ったトランクがあることが判明したのだ。この金塊は、ベトコンと戦うようにとアメリカが現地住民に支払っていたものだ。当時ノーマンは、正式にはベトナムのものである金を「帰国できなかったすべての黒人兵士のため、1619年に奴隷として連れてこられた先祖たちのため——金は仲間にやろう」と語り、それまで埋めておこうと提案した。ブラッズに黒人の歴史を教えたのも、ノーマンだった。「彼は俺たちのマルコムであり、キング牧師だった」とオーティスは語る。彼の言葉からは、1968年のキング牧師暗殺事件が当時の若いブラッズに与えた衝撃がうかがえる。

ポールの息子デイヴィッド(スター俳優ジョナサン・メジャースが演じている)を仲間に加えたブラッズが壊れた人間関係を修復しようと密林に足を踏み入れるなか、各々は理性との戦いを強いられる。ノーマンの主張通り、金塊を黒人たちへの償いに役立てるべきか? それとも、金塊を通貨に換金することに同意した利己心の塊である怪しげなフランス人デローシュ(ジャン・レノ)の手を借りて私腹を肥やすべきか? 蛇、罠、地雷といった密林の危険も、金塊の所有権を主張するベトナムのごろつき警官たちによる激しい報復もブラッズの葛藤と比べれば、取るに足らない。自らの取り分にあやかろうとしながらもPTSDという病とやましい過去の幻覚に苦しむポールは、ほかのブラッズに正義を丸投げし、単独行動に走る。だか、ここでの正義とはいったい何だろう?

欲望が裏切りと同胞同士の争いの原因になってしまうことを描いたジョン・ヒューストン監督の貴重な作品『黄金』(1948)に『ザ・ファイブ・ブラッズ』を重ねてほしい。スパイク・リーは、ハリウッドによる歴史の歪曲に徹底的にこだわる監督だ。劇中でブラッズは「インチキのランボー映画」や「過去に戻ってベトナム戦争に勝とうとするハリウッドのイカれたクソッタレども」について言い争いを繰り広げる。そこでメルヴィンは、自ら手りゅう弾に飛びかかって人命を救った18歳の黒人兵士で「名誉勲章を授かった初のベトナム戦争の同胞」のミルトン・L・オリーブ3世のような「本物の英雄を題材にした映画なら真っ先に観たい」と語る。だが、誰もそんな映画はつくらないし、独立戦争初のアメリカ人犠牲者として知られる黒人水夫クリパス・アタックスが主人公の映画も今後製作される見込みはない。リー監督は、2008年の戦争ドラマ『セントアンナの奇跡』では語られることのない第2次世界大戦中の黒人兵の貢献を描こうと必死になりすぎていたが、今回は違う。『ザ・ファイブ・ブラッズ』の登場人物たちには、レーザービーム級の鋭いフォーカスが当てられているのだ。

意外にも、『ザ・ファイブ・ブラッズ』は徹底して黒人兵の視点を通じてベトナム戦争を描いた初のメジャー作品である。戦闘によって大きな犠牲を払い、自らの意思ではないモラルなき戦争に苦しめられたにもかかわらず、帰還後も公民権を与えられず、部外者として疎外され続けた愛国者のブラッズを的確かつ生き生きと描いたリー監督は、まさにパイオニアと呼ぶにふさわしい。黒人の果てしない犠牲と蓄積された挑発的なエネルギーが同作の原動力となっている。『ブラック・クランズマン』は、2017年に起きたバージニア州シャーロッツビルでの白人至上主義者と反対派の衝突の映像で幕を閉じる。それに対し、『ザ・ファイブ・ブラッズ』のエピローグでは、フロイドさん事件に端を発する社会混乱は描かれない。その必要はないのだ。なぜなら、劇中のいたる場面から人種間の平等を訴える叫び声が聞こえてくるのだから。リー監督の最新作は、いまの時代を象徴する単なる感動作ではなく、歴史に名を残す名作のひとつと呼ぶにふさわしい。


ザ・ファイブ・ブラッズ
★★★★★


Translated by Shoko Natori

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE