伝説の日比谷野音公演、岡林信康と矢沢永吉のライブアルバムを振り返る

矢沢永吉、2004年「FIFTY FIVE WAY」ツアーにて(Photo by Jun Sato/WireImage)


最後の約束 / 矢沢永吉
奴はデビル / 矢沢永吉

矢沢永吉さんの1976年に出たライブアルバム『THE STAR IN HIBIYA』、1976年7月24日の日比谷コンサートを収めております。これはキャロルの解散コンサートから1年後だっていうことを頭に置いてお聴きいただけると、矢沢さんがどういう存在なのかよくお分かりいただけると思います。キャロルが解散したときに、矢沢さんはすでに次のビジョンを描いていた。曲も書いていたし、レコーディングもロサンゼルスでやるんだとも決めていた。1枚目のアルバム『I LOVE YOU, OK』のプロデューサーは、『ゴッド・ファーザー』や『華麗なるギャツビー』などの映画音楽で有名なトム・マック。そして音楽は、お聴きいただいて分かるように革ジャンとリーゼントのロックンロールではないんです。でもファンはまだそれを求めていた。そしてもう一つは世間のイメージです。それが矢沢さんが苦戦した理由の一つでもあります。

1975年のツアー「AROUND JAPAN」というのがありまして、最終日が1976年1月の中野サンプラザ公演でした。このツアーで有名な佐世保のエピソードがありますね。キャパ1400人で、タダ券を撒いて300人集めた。つまり、革ジャンにリーゼントを求めていたファンからは、矢沢さんは当初総スカン、なんだあいつはと言われたんですね。中野サンプラザもオープニングでアメリカのロサンゼルスのようなチアガールが登場したんです。その時、客席は「何が始まったんだ?」とキョトンとしていた。そして、矢沢さんは白いスーツで出てきて、客席がかなり引いたというシーンがありました。その後1976年4月から「33000MILES ROAD JAPAN」というツアーが始まった。そのツアーの一環がこの日比谷公演ですね。矢沢のライブは危険だから会場を使わせないというところも出てきたりしたライブでした。つまり、昔のイメージを求めるファンと、矢沢さんのやりたい音楽が時々すれ違う、そういう場面のあるコンサートツアーだったんです。この日比谷の野音でも、こういうシーンが出現しました。続いてお聴きいただくのは、「ウィスキー・コーク」、「恋の列車はリバプール発」。

Rolling Stone Japan 編集部

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