有料配信ライブ時代の到来 課金型オンラインライブの成功者が語る

マグロウの有料オンラインライブのチケット代は、15ドル(約1600円)。エヴァンズ氏は現時点でのチケット販売状況は明かさなかったものの、ライブ配信に参加するのは、アーティストのInstagramアカウントのフォロワーの0.5〜2パーセントで、これをもとに計算すると、270万人のフォロワーを持つマグロウのイベントからは、20万〜80万ドル(約2100万〜8500万円)のセールスが期待できると語った。さらにエヴァンズ氏いはく、ライブ・エンターテイメント業界専門誌Pollstarによると、マグロウが実際の公演ごとに稼ぐ金額は91万6000ドル(約9700万円)だ。

シンガーソングライターのメリッサ・エスリッジもMaestroとのパートナーシップ契約を通じて週に5日ライブ配信を行なっている。1回ごとのチケット代は10ドル(約1050円)で、月ごとの定期購読料は50ドル(約5200円)だ。現時点で3255枚のチケットが売れたおかげで、3万2000ドル(約340万円)の収入を得たとエスリッジの代理人は語った。月ごとの定期購読者数は1000人近い。これは、年間60万ドル(約6340万円)の収入に匹敵する。

これらはどれも現実とは思えないほど見事な数字だが、この手の成功は彼らが初めてではない。BTSが6月に行った有料オンラインライブBANG BANG CONは、75万人の視聴者を集めた。ファンは、待ちに待ったBTSのライブを観ようと26〜35ドル(約2700〜3700円)のチケットを購入したのだ。BTSのInstagramフォロワーが2770万人であることを踏まえると、これは全体の3パーセントに近い。グループの所属事務所であるBig Hit Entertainmentと今回のコンサートを手がけたライブストリーミング・ソリューション会社のキスウィー・モバイル(以下、Kiswe)は詳細を明かさなかったものの、ちょっと計算しただけでもこのコンサートのチケットの売り上げが1900万〜2600万ドル(約20億〜27億円)だったことが推測できる。もちろん、グッズや付属事業を除いてだ。


ライブ配信中のケイティ・ペリー(Courtesy of Maestro)

Maestroの収益管理部門のトップを務めるジョーダン・ウドゥコ氏——Eスポーツ団体Cloud9の元幹部——は、いたるところからパートナーシップを結ばないかという話がきていると語った。「だれもが我々のポテンシャルに気づきはじめたようです」と同氏は言う。

大成功を収めたBTSのライブを手がけた2013年創業のKisweは、イングランドのプレミアリーグやPGAゴルフツアーといった大規模なライブ・エンターテイメント分野での実績を持つ。BTSのコンサートによってKisweは音楽というまったく新しい分野に足を踏み入れ、同社の幹部たちは、すでに数名のメジャーアーティスト——どれも世界中にファンがいる大物アーティストたち——とのプロジェクトを企画中だと述べた。

だからといって、無料配信がなくなるわけではない。アーティストたちはいまもInstagram LiveやYouTubeで定期的に配信を行なっているし、企業スポンサーのサポートのおかげでファンが無料で楽しめるライブイベントの需要も高い。だが、とりわけほかの収入の道が立たれているいま、ファンがアーティストを直接サポートできるペイ・パー・ビュー方式のライブ配信が魅力的であることは否定できない。

Maestroは、ファンがオンラインイベントのために払おうとする金額に上限はないと考えている。価格がどうであれ、貴重さやプレミアムなVIP体験といった要素によって高い需要を維持できると言うのだ。Kisweの最高経営責任者のマイク・シャーベル氏は、配信サービスにとってVIP体験のポテンシャルは高いとうなずく一方、チケット制の有料配信の成功の鍵は、質の高いコンテンツを十分維持できる程度の視聴者数を集めるための手頃な価格設定にあると述べた。

「無料にすると誰もが損をしますが、価格を上げすぎても同じです。価格には、順応性というものがあるのです」とシャーベル氏は言う。「こうしたイベントを実施する際、携わっているバリューチェーン関係者全員から次から次へと声をかけてもらえるのは、大金が稼げるからです。そしてこれは、音楽業界が大きな利益を手に入れるチャンスなのです」。

KisweやMaestroといった会社が新型コロナ以前から存在していたのに対し、NoonChorusのように新型コロナによって生まれた配信プラットフォームもある。ツアー中止によって代わりの収入源が必要になった数多くのミュージシャンのニーズに注目したNoonChorusは、チケットおよびグッズの総利益の100パーセントがミュージシャンに入るプラットフォームを構築した。NoonChorusには、チケット代に上乗せされた手数料が入る仕組みだ。4月の創業以来手がけてきた46本のイベントを通じ、NoonChorusは3万枚以上のチケットを販売し、その売り上げは約50万ドル(約5300万円)に達した。Maestro同様、NoonChorusは、たいていの場合はInstagramをはじめとするSNSメディアのアーティストのフォロワーの約2パーセントが有料配信のチケットを購入すると考えている。

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NoonChorusのトップを務めるアンドリュー・ジェンセン氏はこれを「ボリューム・ビジネス」と呼び、プラットフォームを利用するアーティストが多ければ多いほど良いと語る。同社は、共同プロモーターとして200の加盟社を抱えている。そのなかには、コンサート会場やイベントプロモーターをはじめ、インフルエンサーやジャック・ホワイト主宰のThird Man Recordsのようなインディーズ・レーベルも含まれる。Third Man Recordは、NoonChorusでケイティ・クラッチフィールドのプロジェクトWaxahatcheeのためのイベントを開催した。

NoonChorusがあらゆる規模のアーティストとパートナーシップ契約を結ぼうとする一方、同社はWaxahatchee、エンジェル・オルセン、ヨ・ラ・テンゴ、ガイデッド・バイ・ヴォイシズといったアーティストとのパートナーシップを通じてニッチなインディーズ市場の開拓にも積極的だ。WaxahatcheeはNoonChorusで5回ライブを開催した(チケット代は15ドル)。Waxahatcheeの代理人は、ライブの売り上げの詳細は明かさなかったものの、ライブ配信は予想以上のもので、中止にならなければ行う予定だったツアーが見込んでいたセールスを上回ったと述べた。

「マネージャーの多くは、有料モデルに移行するのが少し怖かったんだと思います。なぜなら、私たちはいままでずっとこうしたコンテンツを無料で発信してきたからです」とジェンセン氏は語る。「でも、Waxahatcheeのライブによってそうではないことが明らかになりました。いまのファンは、こうしたコンテンツを観るため、アーティストを支援するために積極的にお金を出します。パンデミック中Waxahatcheeは無料でライブ配信を行なっていましたので、こうしたファンの想いはよく伝わってきました。現在のクオリティを考慮すると、得られる金額はそこまで大きくありません。でも、まさに2つの世界の本当にクールな部分をいいとこ取りしているような状況です。ハイレベルな配信が楽しめる一方、パンデミック初期に見られた配信のような親密感が享受できるのですから」。

Translated by Shoko Natori

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