ブルース・ホーンズビーが語る名曲「The Way It Is」と65歳の新境地、レオン・ラッセルとの共演秘話

ブルース・ホーンズビー(Photo by Sarah Walor)


ユニークなキャリア、65歳の新境地

ーあなたはユニークなキャリアを歩んできました。約35年前の空前の大ヒット曲に乗って、その後の数十年間を過ごすこともできたはずです。しかしあなたは、別の道を選びました。

ホーンズビー:理由は2つある。ひとつは、自分が絶えず動いていないと気が済まない性格だということ。自分の心を動かす何か新しいインスピレーションを、常に求めている。ふたつ目の理由は、おそらく滑稽に聞こえるだろう。2ndアルバム『Scenes From the Southside』(1988年)では、気に入ろうが気に入るまいが、サウンドを固めることが目標だった。言うなれば「リンのドラムマシンとJunoのキーボードとピアノ」だ。聴いただけで私のレコードだとわかる。私にとって2ndアルバムは、1stアルバムの延長だった。

しかし間もなく、いわゆるファンから「なぜ方向性を変えたんだ!」という手紙が届くようになった。そのとき私の頭に浮かんだのは、ダイアー・ストレイツの最初の2枚のアルバムだった。2枚はとても似通っていたが、3枚目の『Making Movies』からマーク・ノップラーは違った方を向き始め、その結果、成長と進化を続けた。だから私への批判の手紙に対しては、「君たちはまだ何もわかっていない。これからを見ていてくれ」と言いたかった。

ー「The Way It Is」の別バージョンを勧めるマネジャーかA&R担当重役がいたに違いありません。

ホーンズビー:「The Way It Is」は、素晴らしいアクシデントだった。完全なまぐれだ。即興のソロパートを2つも含んだ人種問題をテーマにした楽曲など、当時も今もポップのヒット曲の定番とは言えない。誰もがB面にすべきだと考えていた。しかし当時のBBCラジオ1でかかると、後はご覧の通りさ。最終的に北米でもヒットした。

その時点では、誰も「ブルース・ホーンズビーのヒット曲」がどのようなものか知らなかった。たぶんピアノがフィーチャーされている、程度の認識だったろう。「The Valley Road」で私は、左手でマッコイ・タイナー張りのコードのハーモニーを弾いたが、それもまたポップミュージックの主流とは外れていた。そもそも私には、こうしなければいけない、という圧力もかけられていなかったし、干渉もされなかったんだ。

つまり悲しいことに、全ては私の責任になった(笑)。2002年にクライヴ・デイヴィスが(RCAミュージック・グループの社長として)やって来て、名簿をちらりと見て「OK、こいつはダメだ!」と切り捨て始めた頃、私はキャリアのその時点で最も奇妙なレコードを作っていた。不運な運命を辿ったブルーズ=エレクトロニカのアルバム『Big Swing Face』は皆の予想を裏切り、困惑させた。




ー『Absolute Zero』から最新アルバム『Non-Secure Connection』へと、あなたの音楽はまた新たな展開を見せ、より抽象的なアプローチで制作されています。

ホーンズビー:どちらのアルバムも、それぞれが2009年〜2019年にかけてのスパイク・リーの映画音楽としてスタートした。その間、スパイク向けに230曲を超える楽曲を作り、約半数が採用された。曲を書きながら、「この曲はインストゥルメンタルにしておくにはもったいない。歌を付けて欲しいと曲が叫んでいる」などとよく考えたものだ。

これらアルバムの楽曲に関しては、作家のコルソン・ホワイトヘッドやジョナサン・フランゼン、デヴィッド・フォスター・ウォレスらの著作から歌詞のヒントを得た。自分の思い付きから曲に歌詞が付いたのさ。



ーモールカルチャーの崩壊をテーマにした新曲「The Rat King」では、「私だけが対応できる/皆がそう言っている」と、それとなくトランプ大統領をほのめかしています。

ホーンズビー:この曲は、若く才能ある黒人作家ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーの短編集『Friday Black』にインスパイアされた作品さ。自分の仕事に熟達したある男が、「皆に喝采され/握手を求められる」といった感じで祝福を受ける話だ。オレンジ・ワン(米大統領用の軍施設)が浮かぶだろう。

ー「Bright Star Cast」は、ニューヨーク・タイムズ紙による「1619プロジェクト」にインスパイアされた曲のようですね。

ホーンズビー:プロジェクトに関する記述と、テイラー・ブランチの3巻から成る権威ある公民権の歴史書を読んだ。1619プロジェクトでは、米国の歴史における黒人コミュニティに対してとても興味深い再評価を行っている。私はとても感動してのめり込んだ。そしてブランチの著作『At Canaan’s Edge』からは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「黒人国歌」と呼ばれる「Lift Every Voice and Sing」を引用する部分を参考にした。例えば「Where the white gleam of our bright star is cast」といった表現を採り入れた。

ジョージ・フロイドの悲劇が起きた今、この曲は事件を受けて書いた作品のように思えるが、そうではない。実際は2年前に、ジャスティン・ヴァーノンにちょっとしたギグに誘われたウィスコンシンで作り始めた曲だ。私は4日間滞在し、2人で何曲か作った。



ージェイムズ・マーサーとコラボした「My Resolve」はもっと率直な曲で、あなたは「クリエイティブな人生をテーマにしたシーシュポス神話のようなもの」と呼んでいます。

ホーンズビー:この曲は何かからヒントを得たものではない。コード、メロディー、歌詞から成るスタンダードな楽曲だ。それまで会ったことのなかったジェイムズに連絡を取り、「曲ができた。君が歌う準備ができていると聞いたけれど、本当かい?」と打診した。このようなやり方は全く初めてだ。レコーディングに何人もゲストを招いてきたが、大概は顔見知りだった。

相手が自分のパートをレコーディングして送り返されたものを聴いて、こちらが気に入らない、というリスクがある。そこでどうするかというと、文句を言わずに妥協するか、怒りを抑えながらやり直しをお願いするかだ。そういう意味で私の場合はラッキーだった。

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