コロナ禍を癒す異例のヒット、ブルーノ・メジャーの「静かなる傑作」を2つの視点から考察

ノスタルジーを表現するためのオールドスクールな至高性

他にもブルーノ・メジャーらのプレイリストに共通するものをピックアップすると、ビル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスがある。エヴァンスもマイルスもメロディーが美しいバラードが中心で、エヴァンスのセンティメンタルな情感を加える和音や、ロマンティックな表現を聴かせるマイルスのソロなどを好んでいるあたり、彼らが音楽に求めるフィーリングがよくわかる。


ブルーノ・メジャーのプレイリストに収録されたビル・エヴァンス「Peace Piece」

ちなみに、ギタリストの視点で彼らのプレイリストを眺めてみると、ブルーノ・メジャーもトム・ミッシュも、ウェス・モンゴメリーやジョージ・ベンソンを選んでいるのが目につく。同じくロンドンのシーンで活動しているオスカー・ジェロームもそうで、彼の最新作『Breathe Deep』を聴くと、そのギターには明らかにウェス・モンゴメリーと、ウェス経由のジョージ・ベンソン的なスタイルが聴こえてくるし、実際に本人もそこからの影響を公言している。ロンドンの若い世代にとってネオソウルからの影響が音楽の核にあると考えれば、ウェスからベンソンへと連なる系譜の先には、ネオソウル・ギターの名手でディアンジェロのグループにも参加しているアイザイア・シャーキーがいるわけだが、彼らはその前で踏みとどまり、敢えてオールドスクールなスタイルが持つフィーリングを選択しているようにも映る。

その発想は、敢えてファラオ・サンダースやゲイリー・バーツのスピリチュアル・ジャズを取り入れるイギリスの新鋭ジャズ・ミュージシャンとも共振しているし、ブルーノ・メジャーで言えば、2017年の前作『A Song For Every Moon』でスタンダード・ソングの「Like Someone in Love」を、今回の『To Let A Good Thing Die』でランディ・ニューマンの「She Chose Me」をカバーするセンスにそんな至高性が垣間見えると思う。そういえば、僕はブルーノ・メジャーのどこかノスタルジックなメロディセンスに、カーペンターズやキャロル・キングといった70年代のポップソングに通じるものを思い浮かべたりもする。



ブルーノ・メジャーのプレイリストに収録されたウェス・モンゴメリー「In Your Own Sweet Way」

チェット・ベイカーにしても、ビル・エヴァンスやマイルス・デイヴィス、そしてウェス・モンゴメリーやジョージ・ベンソンにしても、僕がアメリカのミュージシャンを取材していて名前が出ることはまずない。彼らが技術や理論的な新しさを求めて古典を遡るのに対し、ブルーノ・メジャーらロンドンの音楽家たちは、自らが表現したい音楽が求める情感を描くためにふさわしい手法としてそういったミュージシャンを研究し、その影響を取り入れているようにも思える。そんなふうに考えると、ロバート・ワイアットが歌った名曲「Shipbuilding」の作詞者でもあるエルヴィス・コステロが、1983年のアルバム『Punch The Clock』で自身の歌を録音する際に、演奏が不安定だった晩年のチェット・ベイカーをゲストに迎えて、シンプルなフレーズのトランペットを吹かせたことなどを思いだす。

どこかノスタルジックで、センチメンタルで、儚さが宿る現代のサウダージ。それを楽器演奏も達者で、ビートメイクもできてプロデューサー感覚もあるDAW世代が完全に自身をコントロールしながら、狙って作り上げているのがブルーノ・メジャーらの素晴らしさであり、面白さでもある。そして、その薄曇りのロンドンが似合う音楽は、イギリスの音楽シーン独特の美意識や音楽観が生み出しているような気がしてならないと僕は考えている。






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