キース・リチャーズが現在の心境を語る「生涯現役は当たり前、ステージが俺たちの居場所」

名曲「悲しみのアンジー」を振り返る

ーあなたは先立ってスイスに行き、ミックと一緒に曲を書いています。「悲しみのアンジー」はその時に生まれたそうですね。

キース:あの曲が浮かんだ時のことはよく覚えてるよ。スイスにある施設のトイレにいたんだ。当時ミックは地球の裏側に住んでたから、ジャマイカに行く数週間前にスイスで会って、断片的なアイディアを形にしておくことにしたんだよ。「シルヴァー・トレイン」と「スターファッカー」はミックが持ち込んだ曲で、俺はそれ以外の曲の大半を書いてる途中だった。キャッチボールみたいな感じで曲を形にしていったのは、あれが初めてだった。「これはいいと思うんだけど、ブリッジの部分が決まってないんだ」「ああ、それならちょうどいいのがあるぜ」みたいなさ。

ー当時から「悲しみのアンジー」は特別な曲だと感じていましたか?

キース:あの曲の扱いをどう決めたかは、あんまり覚えてないんだ。当時のシングル市場にマッチして、ヒットを記録したことには満足してたよ。それまでとは異なる、バンドの別の一面を示せたと思う。(1964年に)「リトル・レッド・ルースター」を出した時のことを思い出したよ。あれも当時は新鮮だったからね。さっきも言ったように、「悲しみのアンジー」がシングルカットされた経緯は覚えてないんだけどさ。




ーあの曲のアイディアが浮かんだ時のことを覚えていますか?

キース:単に退屈してたんだろうよ。少し前に、娘のアンジーが生まれたばかりだったんだ。変な話なんだけど、当時はそんな名前にするつもりじゃなかったんだよ。彼女はカトリック系の病院で生まれたんだけど、アンジーっていうのはカトリック教会の修道女たちがつけた名前だったんだ。このリストの中から名前を選べって言われたアニータは、当初は彼女をダンデライオンって呼んだりしてた。でもどういうわけか、俺はアンジーっていう名前が忘れられなかった。彼女は結局、成長してからその名前を自分で選んだんだよ。

ーディランは最近、「悲しみのアンジー」はお気に入りのストーンズの曲のひとつだと語っていました

キース:そうなのか? 知らなかったな。ボブに幸あれだ。彼の新作は最高だよな。『ラフ&ロウディ・ウェイズ』、最近はあればっかり聴いてるよ。

ーあのアルバム、特に「グッバイ・ジミー・リード」を聴いて、あなたのことが浮かびました。

キース:まぁな。マジでリスペクトさ。

Translated by Masaaki Yoshida

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