コロナ禍でも大盛況、「伝説のスタジオ」アビー・ロードが実践する新たな取り組み

ライブ配信の新たなメッカに

休業中、ジロット氏と彼女のチームはイギリス国内の各種音楽団体や音楽家組合、AIRスタジオをはじめとするライバル他社と連携して、再開の道を模索した。その一方、エンジニアたちは自宅録音のコンテストを開催し、審査員としてアドバイスを提供した。録音スタジオはもともと実入りの少ないビジネスゆえ、例年よりも収益は減少したとロバートソン氏も認めている。だがアビー・ロードの場合、親会社のユニバーサルから多額の支援を受けられた。

はじめはマスタリング、次はミキシング、というように段階的に少しずつ業務を再開し、新たな対策をいくつも取り入れて、レコーディング業務を再開した。オーケストラの収録では少人数に分け、安全な距離を保っている――時には複数のスタジオを回線でつなぎ、複数ミュージシャンが別々のスタジオにいても同時にセッションできるようにした。それに加えて、特別なプロジェクトのために撮影を希望するミュージシャンからリクエストが相次いだ。



ライブパフォーマンスの場がなくなったことで、バンドやアーティストはTV番組の収録パートの撮影や、ファンのためのライブストリーミングをやらせてもらえないか、とアビー・ロードに打診した。ここ数カ月の間に、ここで撮影したアーティストはバスティル、カイザー・チーフス、セレステ、エミリー・バーンズなど他多数。ごく最近では、激しいギターとエネルギッシュなヴォーカルが売りのポストパンク・グループ、アイドルズ(IDLES)が第2スタジオから特別ライブストリーミングを行った。年間190日ライブをこなす彼らも、今年は最新アルバム『Ultra Mono』のプロモーションライブにファンを集めることができない。アビー・ロードでのライブコンサートなら特別なものになるだろう、と考えたのだ。

「コンサートでは味わえないけれど、ライブストリーミングで味わえるものはなんだろう?と考えたんだ」 アイドルズのギタリスト、マーク・ボーウェンはこう語る。「しかもそれを録音して、かつ世界最高のスタジオで実現できるなら、やってみてもいいんじゃないかってね。ライブハウスでやろうかとも思ったよ。(でも)明らかに観客はいないし、録音もできない。よし、それならイギリス最高峰の一番有名なスタジオに行って、クールで特別なことをしよう、アイドルズの違う一面を見せてやろうってことになったんだ」



8月末、アイドルズはアビー・ロードで3回のスペシャルなライブを行った。「TVやラジオの収録と違うのは、細かいところまですべて自分たちがコントロールできるところ」とボーウェンは言う。「真っ先にアビー・ロードが候補に挙がった。数年前にカニエ・ウェストのレコーディングで行ったことがあってね。あそこはライブハウスじゃないけど――レコーディングスタジオだからね――足を踏み入れると、独特の雰囲気を感じる。何か面白いことができそうだ、という期待感があるんだ」

「この不穏な時期――パンデミックで誰もがてんやわんやしている時期――に得られた数少ない喜びのひとつは、新しい関係性を築くことができたこと。それから創意工夫を凝らして新しいやり方を身に着けたことだ」とロバートソン氏も言う。「クリエイティブな世界では特にそうだと思うよ」

Translated by Akiko Kato

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