オアシス「ワンダーウォール」25周年 「ロックの時代」最後のスタンダード曲を振り返る

「ワンダーウォール」が完成するまで

1995年5月、2ndアルバムの制作のためにウェールズの有名なロックフィールドスタジオにオアシスが集結。そこでノエルは弟にこの曲を聞かせた。リアムはまったく無反応だった。「はじめは気に入らなかった」とリアム。「なんだこの曲?『好きじゃないな――ちょっとクサくないか』って言ったよ。俺はどっちかっていうとポリス寄りで、でもあの曲はスティングっぽかった。俺はもっとヘヴィなのが好きなんだ。『俺には合わないよ』って言った」

最終的にギャラガー兄弟は「ワンダーウォール」と「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」でヴォーカルを分担することにした。当初のリアクションとは裏腹に、リアムは「ワンダーウォール」を選んだ。

「俺が両方歌ってもよかったんだが」とリアムは言う。「奴がどっちか1曲歌うことになってたからさ。俺はヴォーカルだから、歌うのが俺の仕事だろ。歌ってみたら最高にいい曲だって気づいたのさ」

長く愛される曲の例にもれず、「ワンダーウォール」も驚異のスピードで完成した。1995年5月のとある火曜日、ノエルはクリックトラック用にベースとなるアコースティックギターのパートを録音した。加入したばかりのアラン・ホワイトがドラムをその上に重ね、その後ノエルがギターパート(エレキも含む)を追加。ベースも自ら演奏した。穏やかな曲の雰囲気を補うべく、リズムギターのポール・“ボーンヘッド”・アーサーズは、ザ・ヴァーヴが使ってそのままにしてあったメロトロンを選んだ。

その日の晩には基本形が完成。「あっという間でしたね」とプロデューサーのオーウェン・モリスは当時を振り返る。「ノエルはひと通り弾き終わると、ブリッジの前後をどうするか決めかねていました。どれがいいかと聞かれたので、シンプルなほうがいいと答えました。そんな感じでパパッと決まりました。揉めることもそんなにありませんでしたよ」(ただしモリス氏によると、リアムはベースのポール・“ギグジー”・マッギーガンが関わっていないのが不満だったらしく、「これじゃオアシスじゃない」と言ったそうだ)


Photo by Jill Furmanovsky

翌朝、リアムは紅茶をすすり、おそらくタバコも何本かふかしてからマイクの前に座った。「あの頃はノエルがリアムのために、アコースティックで1回通しで歌って聞かせていました」とモリス氏。「1回だけですよ。旋律と書きあげたばかりの歌詞をつけて。そのあとリアムがスタジオに入って、通しで歌うんです。いつも出だしから最後まで、旋律がぴったりなんです。正直怖いぐらいでした。『ワンダーウォール』の時も、『さあちょっくら歌うか!』と言って、たしか4テイク録っただけで終了。レコーディングは荒れたんじゃないですか?と聞かれるんですが、本当にただ淡々と仕事してましたよ」

効率のいい作業はリアムも同じように記憶している。「俺はいつもパブに行きたくてうずうずしててさ」と本人は言う。「歌入れが終わるや、近くのパブに直行した。他の連中がギターやらアンプやらをいじくるのをうだうだ見てるのはごめんだった」。2日目の遅くにノエルは終盤のピアノパートを収録し、カーツウェル・キーボードでオーケストラを再現した。ミックスを聞いたリアムは、ヴォーカルがうるさすぎるのでもっと落としたほうがいい、とモリスに言った。「彼がそんなことを言ったのはあの時だけですよ」と言って、モリスは笑い声をあげた。

アルバム全体の収録が終わると、モリスはオアシス陣営に懸念を漏らした。「ワンダーウォール」はこれまでのオアシスの曲とはあまりに違っていて、ロックとして十分だろうか? オアシス側は「心配はいらない、リアムが歌えばロックなのだから」と答えた。クリエイションに勤務していたカトリーナ・ラッセルも、このように振り返っている。

「特大ヒットになることは目に見えていました。私にはあの曲の商業価値がわかりましたし、時代のアンセムだなと直感しました。多くの人々が愛する人に伝えたいと願う気持ちをうまくとらえています。感情を表にするのが苦手な男性は大勢いますが、あの曲はまさにそういう曲です」

モリスも、クリエイションのトップを務めるアラン・マッギーから――当時は薬物中毒の治療中でほとんど蚊帳の外だったが――こう言われたのを覚えている。「これはすごいぞ、ビックヒットになる――総力を挙げて取りかかれ」

Translated by Akiko Kato

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