Koji Nakamuraが人生を通して追求し続ける、サウンドへのこだわり

Koji Nakamura



ナカコーは地元にいるときから音に対する興味関心が強く、テープにノイズを録音するなど、自分の中でサウンドの追求をしていたという。

「僕が中高生の頃には中原(昌也)さんなど海外で活動している方が多く、日本のノイズシーンが海外ですごく評価されていたんです。それを間接的に見て、最初は自分もノイズとかをテープに録っていました。その後バンドが始まって、自分でやったことのない「普通の曲を書く」ことをやってみようと思って高2の時にバーって曲を書いたんです。それを録音したデモテープをソニー・ミュージックのオーディションに応募から返事がきた。運が良かったんですよね。デビューするまで早かったし、そこからデビューするまで曲も書かなかったから」

ノイズに興味を持ち音にこだわりを持っていた少年が、メロディのあるポップソングを作曲する。それが初期スーパーカーの原点となっている。いわゆるギターポップとしての顔を見せつつ、2ndアルバム『JUMP UP』では1曲目の「Walk Slowly」からノイズがかったサウンドスケープではじまり、随所にノイズが垣間見えるなど、早期から音へのこだわりの片鱗は随所に見てとることができる。



「スーパーカーはバンドとしておもしろかった。自分の中で、当時の日本のバンドはアンダーグラウンドのバンドは海外のバンドと同じ空気を持っていたけど、メジャーでやっているバンドは自分とはちょっと違う世界だと思っていた。だったら、自分たちの好きな世界をやったらいいんじゃないかなと思ったんです。それがある程度達成できたところで、もう大丈夫かなと思って。自分がデビューした当時のバンドは、みんな音がおもしろかったんです。今だとちょっとおかしな音だと言われるような音を使っていたし、それを自分も普通に受け入れていた。自分もそういうものだろうなと思って作っていましたね」

2000年発売の3rdアルバム『Futurama』からはエレクトロニカを取り入れるようになり、以後は砂原良徳や益子樹といったサウンドメイキングに深い造詣と愛情の深いプロデューサーを起用。耳に残るメロディとダンスミュージックやエレクトロなサウンドメイキングを融合した唯一無二なバンドとして、今も多くのミュージシャンたちに多大な影響を与え続けている。

スーパーカー解散後は、ソロプロジェクト「iLL」やアンビエントプロジェクト「Nyantora」を立ち上げて活動。フルカワミキ、田渕ひさ子、牛尾憲輔と共にバンド「LAMA」、ダークロックユニット「MUGAMICHILL(ナスノミツル、中村達也、ナカコー)」としても活動している。最初こそ名義ごとに作るサウンドや音楽の方向性を分けていたというが、だんだん分ける必要もないと思うようになっていったという。

2014年にはソロ名義で、その名前の通り傑作アルバム『Masterpeace』をリリース。スーパーカーをも彷彿とさせるポップスと電子音などのサウンドスケープの融合した作品で高い評価を得た。しかし、同作品はナカコー本人が意図して作ったというよりも、リリースのオファーがあって作っていったというのが驚きだ。



「あの頃はあまり自分で何かを作りたいと思う時期ではなかったので、作ってみない? とレコード会社のスタッフから提案してもらって、どういうのを作ればいいの? という話をして作っていくパターンが多かったんです。機会をもらってじゃあ、みたいなことが多いですね」

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