メンタルヘルス問題から考える、産業から解き放たれた音楽の役割

コミュニティで生まれる、音楽の新たな役割

こうした論点を踏まえていくと、文化、あるいは音楽というものは、これまで完全に「民間セクター」の一部として消費経済に資するものとしてしか存在しえなくなっていた状況を脱して、ある意味「ソーシャルセクター」に近いところで新たな役割を担っていくことになるのかもしれません。

昨年、ロンドンを訪ねてライブベニューや音楽レーベルなど、ユニークな活動をしている組織や施設を視察してきたのですが、近年のUKジャズを語るうえで欠かせない「トゥモローズ・ウォリアーズ」というジャズの教育機関などは、彼らは今でこそ人気アーティストを輩出して経済効果を生んでいますが、もともとは非営利の草の根運動で、学校もつまらないし行く場所もないストリートの子ども達に「楽器でも練習する?」と提案する、いわばはみ出し者の受け皿としてスタートしています。創設者のゲイリー・クロスビーはコートニー・パインとの共演で知られるベーシストですが、同地で暮らすアフリカ系やカリブ系の黒人たち、それから女性に音楽教育の場を与えるために立ち上げたのだと言います。


「トゥモローズ・ウォリアーズ」を紹介するドキュメンタリー映像。創設者のゲイリー・クロスビーやヌバイア・ガルシアなど卒業生も登場。

イギリスに限らず、このようなかたちで音楽家が何らかのNPOに参加する事例は海外では少なくなく、マグネティック・フィールズのサム・ダヴォルはニューヨークの公共空間でのアートや教育のプログラムを展開する「Street Lab」というNPOをやっていますし、アニ・ディフランコもバッファローで音楽教育の活動を行っています。テイラー・マクファーリンは盲学校の子どもたちに音楽を教えていますし、デトロイト・テクノの第一人者ことアンダーグラウンド・レジスタンスは、現地のナイトライフを盛り上げる活動を通じて、ベルリンのClubcommission(クラブ系業界団体)のような役割を果たしているそうです。あるいはシカゴでは、ジャミーラ・ウッズがNPOで文学や詩を教えていて、セン・モリモトのバックコーラスも務めるKAINAもそこに参加していたと聞いています。

文化セクターを中心とした、そのようなソーシャルアクティビズムは、ブラック・ライヴズ・マターの文脈なども踏まえると、今後より一層重要になってくるように思います。ウィントン・マルサリスやジョン・バティステも、ジャズミュージシャンの肩書きも持ちつつ、エデュケーターという肩書きもあり、最近はむしろそっちを前面に出している印象さえあります。

こうした話を日本で「音楽の先生をやる」といった言い方で置き換えてしまうと少し文脈が逸れてしまう感じもするのですが、音楽家のみならずベニューやレーベルも、消費経済の視点から離れたところで自分たちの役割を再発見していく必要があるのかもしれません。コロナ禍の対策として配信ライブなどをがんばるのももちろん大切なことですが、ベニューが根差している街やコミュニティに対して何を還元していけるのかを考えて、そこに音楽家を取り込んでいくようなことも考慮していく必要もあるのかもしれません。

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