ブルース・スプリングスティーンが語る音楽の力と米社会、亡き友との絆が遺した影響

「アルバムは4日間で完成させた」

現在我々が座っているところから数ヤード離れたところには、彼が妻のパティ・スキャルファとシェアしているブロンドウッド造りのスタジオがある。昨年11月の雪の降る日、スプリングスティーンとEストリート・バンドは、光に満ちたそのスタジオでレコーディングを行い、わずか5日間のセッションでアルバムを完成させた。「3時間に1曲のペースで録っていった」。そう話すスティーヴ・ヴァン・ザント(Gt)は当時の様子を、ビートルズの初期のセッションに例えてみせる。「アルバムは4日間で完成させた。5日目はやることがなかったから、録ったやつを皆で聴き直してたよ」

スタジオで彼らは、アルバムに伴うツアーへの期待を込めて乾杯したという。スプリングスティーンが明言したように、そのツアーが実現する見通しはいまだ立っていないが、彼の新作『レター・トゥ・ユー』は10月23日に発売される。彼はリリースを先延ばしにすることは無意味だと結論づけた。「俺が曲を書くのは、作品として発表するためなんだ」




ニュージャージー州コルツ・ネックにて。2020年8月4日撮影(Photo by Danny Clinch for Rolling Stone)

100年に1度の未曾有の危機が訪れていなければ、9月23日に71歳となったスプリングスティーンは今頃、Eストリート・バンドと共にワールドツアーの準備をしていたはずだ。ツアーは2021年の春に始まる予定だったが、彼はこう語っている。「早くて2022年じゃないかって気がしてる。コンサート業界にとっては、それでもいい方なのかもしれない。俺にしてみても、空白が1年で済めば幸運だと思うことにしてる。70歳にもなると、ツアーに出ていられる時間は限られてくるから、1〜2年の空白は大きい。今はバンドの状態がすごくいいし、俺自身もかつてないほどのエネルギーが全身にみなぎってるのを感じてるから、それだけに悔しいよ。16歳の頃からずっと、ライブは俺の人生において不可欠な要素なんだ」

70年間の人生で無数のショーをこなし、事あるごとに汗まみれのオーディエンスの中に飛び込んでいった彼にとって、ライブのストリーミング配信はまったく別物だという。4月に行われたCOVID-19の影響に苦しむ人々の救済イベント「Jersey 4 Jersey」で、彼は自身のスタジオからリモート出演し、スキャルファと共にアコースティックセットを披露した。また5月にはドロップキック・マーフィーズとの遠隔ジャムセッションに挑戦し、その様子はボストンのフェンウェイ・パークに設置された大型スクリーンに映し出された。しかし、彼はショーに臨む際のエネルギーをわずか2曲に凝縮させなくてはならないことと、オーディエンスの生の反応が感じられないことに困惑していた。「バンドの皆は大切な仲間だ」。彼はそう話す。「彼らとのセッションはいつも楽しいよ。でもオーディエンスのいない空間でバンドと一緒に演奏することに、俺はどうしても違和感を覚えてしまうんだ。ああいうことを続けていく気にはなれない」

大所帯のEストリート・バンドのメンバー全員が集まることは、今の状況では現実的ではない。しかし、彼らの存在を間近に感じさせてくれる『レター・トゥ・ユー』を聴いていると、まるで自分が隔離のルールを破っているかのようにさえ思えてくる。それはアルバムへの思い入れを深めると同時に、生で観たいという思いを痛いほど募らせる。『ボーン・イン・ザ・U.S.A』がそうだったように、オーバーダブを極力用いないライブ録音にこだわった『レター・トゥ・ユー』は、スプリングスティーンとEストリート・バンド史上最も生々しいレコードかもしれない。「一発録りにここまでこだわったアルバムは初めてだ」。スプリングスティーンはそう話す。「ヴォーカルも含めて、編集は一切していない」(スプリングスティーン自身が弾いたグレッチの唸るようなリードギター等、ごく一部の楽器はオーバーダブされている)

Translated by Masaaki Yoshida

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