ボブ・ディラン70年代の傑作『血の轍』完成までの物語

絶え間なく更新される一枚

ディランは明らかに喜んでいた。月曜日には再び同じセッションメンバーが招集されたが、物事はさらに素早く進んだ。オデガードの記憶によれば、ディランは夜中ずっと赤いノートに書いてあった歌詞を練りなおし、ピンク色の電話用のメモに書き留めていったのだそうである。

「彼はぎりぎりの直前まで歌詞を走り書きしていたよ」オデガードは証言する。「そしてクリスとブースでちょこちょこっと仕事して、二人が出てきたところで全員で演るんだ」



最初に仕上がったのは「ブルーにこんがらがって」だった。オデガードも、オープンDチューニングによるニューヨークのヴァージョンのままでは生気に欠けると感じたようだ。

「なんか、這いつくばってた」彼は言う。「退屈で、思わず、こいつには気合い入れてやらねえとな、とか口にしてたよ。尻叩こうぜってな」

キーをAに変え彼らは同曲をかき鳴らした。7小節目か8小節目でディランも頷き、こちらも一発で録音された。

「全員静かになったよ。ボブも含めてね」オデガードは言う。「みんな自分の靴を見てた。ホントに圧倒されちまったんだな」

「リリー、ローズマリーとハートのジャック」(Lily, Rosemary and the Jack of Hearts)と「彼女にあったら、よろしくと」(If You See Her, Say Hello)も、やはりそれぞれ一発録りでこれに続いた。ディランには自分が求めている音が正確にわかっていたから、「彼女にあったら~」にはギターとマンドリンとをオーバーダブで自ら重ねた。二晩にわたった計8時間ほどの作業で彼らは5曲を完成させた。

「終わった後ディランは、駐車場でビリー・ピーターソンを捕まえて、興奮気味にいろいろまくし立てていたよ」オデガードはこうも続けた。「あそこで俺たちがやったことがわかるか? どれくらい上手く成し遂げたかってことだ。あれはただ、すごかったんだ」

ディランはコロンビアと再契約を交わしていた訳だが、同社はすでにジャケットの印刷に入っていた。作品はもう12月には終わっていたものと考えていたのだ。新規に録音されたテイクは、アルバムに収録されることとはなったが、クレジットには反映されなかったし、その後改訂されることもなかった。本作はディランの最高傑作の一つでもあるが、なお絶え間なく更新されることを要求し続けている一枚でもあるのである。

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From Rolling Stone US.

Translated by Takuya Asakura

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