矢沢永吉、2000年代以降の作品を辿る

矢沢永吉


海にかかる橋 / 矢沢永吉

海の中の橋、その向こうに何があるのかは触れていません。孤高のロッカーを思わせる歌です。人生のエンディングというのが感じられる歌。なかにし礼さんは、阿久悠さんと並ぶ大御所ですからね。1938年生まれ。もともとはシャンソンの訳詞をしていた方。彼もGSから世に出ました。でも、アルバムのクレジットを見てびっくりしましたねえ。なかにし礼さんは、週刊誌のご自分のエッセイでその時のことをお書きになっていました。ある日突然電話があったというんです。「矢沢と申しますが、70歳になるアルバムに詞を書いていただけないだろうか? こういう詞で書いていただきたい」、と。"いつか、その日が来る日まで…"というのは、なかにし礼さんの言葉かなと思ったんですが、矢沢さんがお願いした時にはこの言葉があった。プロデューサー矢沢永吉の真骨頂を見た想いでしたね。自分がこの歳で何を歌わないといけないのかと考えて、礼さんにお願いしたんでしょうね。礼さんはライブを観に行って感動したというお話も書かれていました。歌謡曲というのが、1970年代にどういう物だったのか? というのは、この番組をお聴きの方にはなんとなくお分かりいただけるかもしれませんが、こっち側とあっち側という言葉があって。こっち側がロックやフォーク、あっち側が芸能界、歌謡界。なかにしさんはあっち側の大御所ですよ。海にかかる橋には、そういう意味もあるのではないかとふと思いました。礼さんにお願いしたのは、矢沢さんの覚悟だったんだなと思います。そんなタイトル曲を心してお聴きください。

いつか、その日が来る日まで… / 矢沢永吉

矢沢永吉、なかにし礼というコンビで生まれた曲です。礼さんはこの言葉についても書かれていて、語法的に正しいのは、「いつかその日が来るまで」か「いつかその日が来るまでは」ではないか? と書かれているんですね。でもそうすると、言葉がまん丸に収まってしまう。まん丸に収まるというのが、なかにし礼さんの表現なんだなと思いました。でもやっぱりそれじゃつまらないので、矢沢さんはロックしてるんだなと思った、とお書きになっていました。『Last Song』から『いつか、その日が来る日まで…』まで7年間もありました。その間、矢沢さんはどうやって70歳を迎えるのか考えていたのかもしれません。ロックを歌ったまま年をとっていく、そういう歌でもあります。雑誌Rolling Stone Japanの10月号に矢沢さんの巻頭特集インタビューが掲載されていて、今後のこともお話されていました。そこでは、目標がなかったら、探すか無理やり作るしかないと。海の向こうにはミック・ジャガーがいる、でも日本にはいないじゃないか。だったら、俺が70歳の現役ロックシンガーを貫いてやると仰っております。

Rolling Stone Japan 編集部

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