LOW IQ 01の青春時代「音楽で食べていくことを意識した1988年」

LOW IQ 01


ー文化祭に参加して、うちの高校の生徒じゃないよね? って言われたりしなかったんですか?

俺暇だったから、週2、3回くらいそこの学校に遊びに行っててさ。アイゴン(會田茂一)の実家が近くて、当時よく朝まで一緒に遊んでて。バンドメンバーもその高校にいるから、そのまま俺も遊びに行ってよくパン屋でたまってて、下校時間までいたのよ(笑)。途中で友達が授業1つサボって付き合ってくれたり、放課後はそのままスタジオ入ったりとかしてさ。あれは今のルーツかな。

ー1988年はまさにイチさんオリジナル元年だと。オリジナルをやるきっかけはあったんですか?

楽器をやってなかった同級生の中で、文化祭でBOØWYとかTHE BLUE HEARTSのコピーをするバンドが増えてきたわけよ。夏が過ぎた辺りからスコアブックが急に売れて(笑)。俺は高校に行ってないけど、先輩のバンドのローディーについたりして、高校生のコピーバンドには負けたくない、音楽でやっていくぞ! っていう意識はあって。家にいても暇だし、音楽を聞くと、どんどん作りたくなって曲ができてきたっていう感じかな。

ー過去のインタビューで、音楽やパンクへの目覚めっていうものがイチさんの過去の歴史の中であったと思うんですけど、1988年は正にLOW IQ 01に繋がる柱の年になったと。

その頃はちょっとミクスチャーっぽいっていうか。パンクの要素もあるし、スカとか、サイコビリー、カントリーとかの要素もある音楽だったかな。オリジナルやってる人は同級生にいなかったしね。この頃からライブハウスのオーディションとかにも行くわけよ。スタジオも週に1、2回ちゃんと入って、曲を練ったりしてたよ。

ー当時の曲作りやアレンジは、どういうプロセスでやってたんですか? 

その頃から今みたいに自分である程度作りこんでいって。やり方は今と変わってないかな。メンバーに聴かせて、ドラムはこんな感じ、ベースはこんな感じでって伝えて。当時のバンドメンバーも元々コピーバンドやってたから、ベースとかドラムのフレーズを作れる感じじゃなくて。ギター / ボーカルの俺が曲も作ってリーダーという感じだったかな。

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