RADWIMPSが鮮やかに体現「2020年のアリーナライブでできること」

歌と舞踏のシアトリカルな融合

今回のライブはアリーナのど真ん中にメンバーが立つフロアライブ仕様で実施された。映像もスクリーンを使用するのではなく、フロアに投影することで、メンバーと実写やモーショングラフィックの演出が緊密に一体化しながらライティング効果も果たし、現場にいるスタンディングのオーディエンスと配信視聴者の視覚を同時に満たしてみせた。


Photo by Takeshi Yao


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【写真ギャラリー】昨年8月以来のライブとなったRADWIMPS

50人弱のダンサーを起用し、ときにミュージカルの様相を見せたのもまた今回のライブならではのパフォーミングアーツであった。


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オーディエンスの声を失った代わりに、バンドは寡黙な身体表現が持つ底知れなさに目を向けた。中でもステージチェンジのインタールードとして流れた「花火大会」におけるコンテンポラリーダンスによる花火の体現、「棒人間」の歌と舞踏のシアトリカルな融合はじつに見事だった。

それにしても野田洋次郎、桑原彰、武田祐介、サポートドラマーとして迎えた森瑞希と繪野匡史のツインドラムから成る5人編成のアンサンブルはじつに活き活きとしていた。1年と少しぶりにライブができる喜びを噛み締めながら、あらためてRADWIMPSの楽曲がたたえているサウンドプロダクションと歌の独創性を実感したのではないだろうか。やはり彼らの音楽性は並びないし、今もなおロックバンドの領域をどんどん拡張しようとしている。そして、野田洋次郎というリリシストはいつだって諸行無常なるこの世界の実相をつかみ、対峙しようとしている。


Photo by Takeshi Yao


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だからこそ、たとえばこの日の「グランドエスケープ」、映画『天気の子』のために生まれたこの曲が、まるで今の世界の有様に対してRADWIMPSが物語の続きを提示するように迫ってきたわけだが、間違いなくこういう強度は特別なバンドでなければ得られない。

まず尊い個があり、個と個はいかにして互いに理解し、ときに親密に重なり合いながら、この世界と対峙できるのか。本編ラストブロックの「トレモロ」、「有心論」、「ます。」、「バグッバイ」の流れに顕著だったが、RADWIMPSはずっとそういうことを描き続けてきたし、描き続けるのだろうということを今回のライブであらためて強く感じた。そして、そういう歌だからこそ、多様な音楽ジャンルのエレメントが折り重なりながら、まったく新しい息吹を感じられるサウンドを必要としているのだ。そういう音楽を生み出すためにはときにメンバーの担当パートが解体されてもいい、というあり方で近年のRADWIMPSは音楽制作と向き合っている。野田はMCでこう言った。

「僕らはそのときどきの時代、人間に、空気に反応しながらこれからも音楽を作っていくと思います。たまには耳に痛いことを言うかもしれないし、でも優しい心を持って、この世界にはまだない新しいメッセージを残していきます」

今年の5月に配信リリースし、“新型コロナウイルス前の世界”と“新型コロナウイルス後の世界”を真っ向から見つめ、その相違をあぶり出しながら新しい扉を開ける意志を込めた「新世界」もそういう楽曲だった。次に「新世界」の向こう側にある新しい音、新しい歌、新しいメッセージが彼らから届く日はそう遠くないのではないかと思う。


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■RADWIMPSストリーミング配信まとめサイト
https://radwimps.jp/subscription/

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