イギー・ポップとエルヴィス・コステロが語る、波乱万丈の70年代と「失敗を恐れぬ心」

お互いの第一印象

コステロ:ストゥージズについては記事で読んで知っていたけれど、僕が曲を作り始めた1976年や77年当時は、イギー・ポップに似せようとするバンドが多かったのを覚えている。中には、ストゥージズの曲そのものをカバーしているバンドもあった。その頃の2枚のアルバム(1977年にリリースした『イディオット』と『ラスト・フォー・ライフ』)が皆の心を捉えた。誰もが話題にしていたしね。

イギー:君の方は、70年代後半にイングランドから出てきたね。2つ驚いたことがある。ひとつはメロディーの豊かさだ。「なんだこいつは! 曲の聴かせどころをしっかり押さえている」と感じた。もうひとつは、(ジ・アトラクションズの)スティーヴ・ナイーヴのキーボードとオルガンの使い方だ。もの凄く印象に残った。確かロンドンのカレー屋で一緒に食事したよな?

コステロ:それはもう少し後かな。楽しかった。

イギー:食事しながら音楽の話をしたね。君はカレーを食べながらラガービールの大ジョッキを飲んでいた。

コステロ:ティーンエイジャーの頃は友だちとパブへ行って生演奏を聴きながら、自分が食べられる最も辛いカレーを食べていた。辛さ自慢をしていたのさ。ある時アメリカ人に勧めてみたら、「お前はクレイジーか?」と言われたよ。君はイギリスに滞在した経験があったし、イギリス人の友だちと一緒に食べたことがあったかもしれないね。



イギー:イギリスの街角にある売店が好きだった。水曜の朝が楽しみで、朝起きたらサウンズ誌、NME誌、メロディーメーカー誌といった音楽誌を買いに行ったものさ。それぞれに特徴的な傾向があってね。サウンズ誌は一番チープだったが、取っ付きやすかった。

コステロ:その通り。僕について初めて書いてくれたのも、サウンズ誌だったかな。僕に眼鏡をかけさせて、名前を変えた。まるでクラーク・ケントのようだった。サウンズ誌に載るなんて、信じられなかったことだ。それからオフィスで仕事をしていたかと思えば、次の瞬間は逮捕されてメロディー・メーカー誌の表紙さ。

イギー:路上ライブの件だな!

コステロ:宣伝活動をしようとして逮捕されたんだ。警官がやってきて「おい若造、ここから立ち去れ」と言われた。彼は相手を間違えていたのさ。僕は止めたくなかったし、ちょっとカチンと来ていたかもしれない。「こうしろ」と言われたら、違うことをしたくなる。そうして僕は連行された。

イギー:君の音楽を聴いた時、ギターリフ一辺倒のイギリスから来たモンスターとは違うな、と思った。ギターリフ真っ盛りだったから。君はどちらかと言うと、例えが適当でないかもしれないが、(歌手の)ルルみたいだった。

コステロ:僕はルルが好きだ。

イギー:ルルはいいよね。でもレベルの低いことを半年毎に繰り返すのもくだらないし、退屈だ。お金を節約したければ、一度使ったティーバッグをもう一度使えっていう考えさ。君もイギリス人だから理解できるだろう。君はどこか違っていた。

Translated by Smokva Tokyo

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