聖飢魔IIの創始者「ダミアン浜田陛下」が語る、王道を貫くメタル愛

ダミアン浜田陛下(Courtesy of Ariola Japan)

「蠟人形の館」をはじめ、聖飢魔IIの初期の大教典(アルバムのようなもの)3作品に収録の楽曲のほとんどを手掛け、地球デビュー前に魔界に帰還した聖飢魔IIの創始者、地獄の大魔王・ダミアン浜田陛下。聖飢魔II地球デビュー35周年を迎えた魔暦22年(2020年)、ダミアン浜田陛下も再び人間界に顕現。その真意を問うべく、インタビューを実施した。聞き手は音楽ジャーナリスト/ライターの増田勇一。

11月下旬のある日、ダミアン浜田陛下と話をした。とはいえ実際に対面したわけではなく、PCの画面を通じてのことである。まさか悪魔をリモート取材する日がやってくるとは思ってもみなかったが、それ以上に、陛下自身がDamian Hamada’s Creaturesを率いて2020年の人間界に降臨した事実自体が多くの人たちにとって“まさか”の出来事だったといえるはずだ。

しかもこのバンドの成り立ちもまた、掟破りともいえる大胆なもの。当然ながら首謀者は陛下自身だが、演奏はすべて僕(しもべ)たちに任せているのだ。今回は、そうした特異な体制で制作されたふたつの大聖典『旧約魔界聖書 第I章』『旧約魔界聖書 第II章』に漂うハード・ロック/ヘヴィ・メタル作品としての王道感、楽曲の充実ぶりを踏まえながら、陛下自身の音楽的スタンスのあり方や、大胆な発想の起源にあるものを探っていく。



―お話をうかがえるのを楽しみにしておりました。陛下ご自身、完成した作品が世に出るのをどのようなお気持ちで待っておられましたか?

ダミアン浜田陛下(以下DH):レコーディング中や完成直後は、とにかく早く聴かせたい一心だったのだが、発売日が迫ってくるにしたがい若干の不安をおぼえるようになっていた。我ながら魔王らしからぬ発言だとは思うのだが(笑)、私自身が経てきた成長がちゃんと受け止めてもらえるものなのか、という不安を少しばかりね。

―ご自身が成長と捉えておられるものを受け手側が成長と解釈するかどうか、ということでしょうか?

DH:その通り。たとえばクイーンなどはそうした好例だ。作品を出すごとにどんどん変化を重ねていたし、それを受け入れられるファンとそうでない人たちとがいた。私の大好きな70年代のブリティッシュ・ロック・バンドのなかにも、アメリカでの成功を目論みながらどんどんポップになっていく者たちがいたし、そうした変化が受け入れがたい場合もあった。そこで私自身の場合はどうなのか? 自分の成長・変化といったものをそのまま受け止めてもらえるのか? とはいえ、いざ発売を迎えてみればそうした不安も通り越してしまい、「ようやくこの時が来たか!」という心境になったがね。

―実際、その成長・変化というのはどういった形で作品に反映されているとお考えですか?

DH:実は、私は昨年の3月まで、35年間にわたり教員を務めていた。長年の教員生活の中で、たとえば軽音楽部の顧問など担当したこともあった。その際は自分の中にあるものを出すだけで対応できたわけだが、自分から自由に担当を選べるわけではなく、時には学校側から断れないような依頼がくることもある。たとえば、自分にはまるで経験のない合唱部の顧問に任命されたこともあった。改めて勉強せねばという意識も当然働いたわけだが、そうして譜面をじっくりと見ている中で「ああ、クラシックの世界ではこんなことが許されるのか」などといろいろと発見できたことがあった。特に打楽器の使い方については学ばせてもらったと思っておる。元々ハード・ロックやヘヴィ・メタルばかりではなくクラシック音楽なども聴いてはいたが、鑑賞するばかりで研究することはほぼ皆無に等しかったからな。だから結果的に、教員生活の中で得た音楽経験というものが自分を成長させ、それをここで活かすことができたように思う。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE