コロナで炙り出された実力差から全力で現実逃避してみたら、「銃・病原菌・鉄」を追体験した話

普通に暮らしていたら意識することもないけれど、東京湾はシーバスフィッシングのメッカで、通勤電車がガタゴト渡っている橋の下やタワマン脇の運河から、1メートルを超えるシーバスが釣り上げられたりしている。ただしアクセスの良さゆえ釣り人が急増し、サカナは常時危険に晒されて賢くなり、釣法は精緻化・高度化の一途をたどった。イギリスからアメリカを経由して日本にたどり着いたルアー釣りが、過密都市トーキョーを震源に、ある種の変態的独自進化を遂げてしまったのだ。

その日本のメソッド、日本の道具を持ち込んだら、ローカルの釣り人たちとは違った成果が出せるんじゃないか、という目論見が浮かんだ。それで日本の釣具をひととおり取り寄せて、近所の桟橋へと繰り出す日々が始まった。7日目にマグレで1匹釣れたあと1カ月釣れない日々が続き、心が折れかけもしたのだが、毎日潮位と気象と場所を記録し続け、日本のYouTubeを見まくっては傾向と対策を練り直し続けた。

みっともない話をすると、いちばんモチベーションになったのは、釣れない私にこぞって親身なアドバイスをくれる優しいローカルアングラーたち、彼らの鼻を明かさねばならない、という暗い反骨心だった。「ルアーなんかじゃ釣れない」「ミノーじゃ釣れない」「そんな速く巻いたら食わない」「表層じゃ釣れない。魚は底にしかいない」「そんな柔らかい竿じゃ釣れない」etc……。言うことを聞き入れたら、彼らと同程度には釣れるけど、同程度しか釣れないということ。それじゃつまらない。

始めて2カ月が過ぎた頃から、サカナと環境とメソッドとのチューニングがだんだん合ってきた感覚があって、釣りに出ればだいたい何かは釣れるようになってきた。そしていま、あと少しで開始3カ月になろうとしているのだけれど、このエリアでは正直、誰より釣っていると思う。ローカルの人たちの私を見る目も変わってきて、あいつ何なんだ、何やってんだ、ってかなりマークされるようになってしまった。

でも、こんな調子は長く続かないだろう。たぶん1年もしないうちに、釣法はキャッチアップされるしサカナにも適応されてしまうと思う。事実、すでに私を真似てブラックバスの道具を持ち込み始めたチャイニーズの友人がいる。たまたま日本語という障壁と釣り具マーケットが閉鎖的なおかげで、鉄砲を持って南米に乗り込むスペイン人みたいな真似ができただけなんだろうって思っている。

ひとつ思い浮かんだことがあって、それは音楽にもこういうことってあったんだろうな、ということ。たとえば渡辺貞夫さんが1965年にバークリー留学から帰ってきたとき、周囲の日本人プレイヤーを出し抜くのは難しくなかっただろうな、とか。往時の日本人によるビバップ演奏を聴くと、ほとんどがスウィング時代のボキャブラリーで構成されていることがわかる。あの中なら貞夫さんの音選びはさぞ輝いたことだろう。いまどきはそんなアドバンテージ、まったくないけどね。



唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」 
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
Vol.9「腰パンとレイドバックと奴隷船」

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