ブライアン・イーノが語る、ポストコロナ社会への提言とこれからの音楽体験

ポストコロナ時代に望むこと
資本主義社会の終焉と女性の台頭

ーコロナによって社会の何かが不可逆的に変わったとすれば、それは何でしょうか?

イーノ:自分が不可逆的に変わってほしいと思うことを答えよう(笑)。私が一番願っているのは、我々がこの40年間生きてきた社会に象徴される資本主義社会の崩壊だ。いい加減終わりにしなければいけないし、これ以上長く維持するのは不可能だ。すでに多くのダメージが生じていて、状況は悪化の一途を辿っている。コロナのパンデミックもその症状の一つだ。パンデミックというのはいきなり降って湧いてくるものではない。それが発生する条件が全て整っているからこそ生じるんだ。残念ながら、この40年間見てきた、資源採取の激しい無駄を数多く生む消費資本主義が、このようなパンデミックが起こる絶好の環境を生み出してしまった。もちろん他の環境問題もしかりだ。

だから、この経験を通じてみんなに気づいてほしい。これまで最高時速で走り続ける電車に乗っていたけど、それが間違った方向に向かっていたのだということを。大至急、方向転換をしなければならない。実際にそうなるとは思う。環境保護活動という、人類史上最大の社会変革運動が今起きていると信じている。何十億もの人々が、環境のことを考え、それを守り、状況を良くするにはどうすればいいかと考えているのだから、変わらないわけがない。15年以上前に友人が本を書いた。ポール・ホーケンの『Blessed Unrest』(邦題:祝福を受けた不安 サステナビリティ革命の可能性)のことだ。その本の最後の100ページで、彼は北米にある全ての環境保護団体を挙げている。北米だけで200万団体も名前が挙げられているはずだ。そのなかには5人だけの小規模な団体もあれば、グリーンピースのような大きな団体もある。いずれにせよ、どれだけ多くの人が環境問題を話題にしているのかわかるだろう。それくらい重大な問題なのだ。

これらがメディアで取り上げられることはない。なぜなら、メディアが違う方向ばかりに目を向けているからだ。メディアは政治家や企業、テクノロジーが未来を築くと考えていて、そのもっと下のほうを見ていない。実際に未来を築いていくのは人々なのだ。それは、地元に流れる川を大事にしたいと思う人たちだったり、母親たちが働きに出られるように新しい保育のあり方について模索している人たちだったり、景観を損なわない形で食料を作る方法を編み出している人たちだったり、そういうプロジェクトが世界中に何千、何万と存在する。点在しているから、これまではお互いのことを知らなかった。でも、コロナを機に多くの人々が周りを見渡して、自分たちを支えているのは政府ではなく、地元で頑張って活動をしている人たちやエッセンシャルワーカーだったりすることに気づいた。みんな薄給でがんばっている。大金を稼いでいる人たちは何の役にも立っていない。銀行家や政治家や、従業員の460倍の給料をもらっている企業の社長といった人たちを我々は必要としているわけじゃない。本当に必要なのは医者や看護師、地元のヘルパーや介護施設を運営する世界中の女性たちだ。

特に今回、コロナ禍で結果を生んでいるのは女性たちだ。数カ月前に各国がどのようにコロナに対応しているかちょっとしたリサーチをしたのだけど、そのなかで最も顕著だったことは、男らしさを誇張する男性指導者がいる国、イギリス、アメリカ、ブラジル、インド。どこも男性優位主義の指導者が同じことを言っている。「俺は本物の男だからウイルスなんか恐れない」とね。でも彼らこそ、対応を完全にしくじったのだ。男は自己顕示欲が強すぎる。自分の力を過信し、「科学者の言うことなんて信用ならん」「俺のほうがよくわかっている」「漂白剤を注入すれば治るんじゃないか」と言ってしまうくらいだ。そう言えてしまう神経を疑う。傲慢極まりない。

逆に、ウイルスに対して効果的な対応ができたのは、女性が国の舵取りにおいて重要なポストにいた国だ。ジャシンダ・アーダーン(ニュージーランド首相)、メルケル首相のドイツ、それから台湾(蔡英文総統)。これらの国では自分の強さをひけらかすのではなく、「国民の面倒を見るのが政府である」という考えを受け入れている。ということで、資本主義の崩壊と共に、私が熱望する変化は女性の台頭だ。世界中で「今後5年は女性しか国のトップになれない」ということをやってみたら、すごくいい文化的な実験になるだろうね。実際にそうなったらどんなに素晴らしいか。大きな変化を必ずもたらしてくれると心から思う。


Photo by Cecily Eno

ー全くその通りですね。ちなみに、コロナ下におけるイギリスの文化/アーティスト支援はどのようなもので、それをどのように評価されていますでしょうか。

イーノ:支援金は出たけど、それを受けられない人もいた。早い段階で支援策がとられたのはよかったが、自営の人たちへの支援がなかった。そこから自営の人たちが大変だった時期がしばらく続いたが、それもなんとか支援されることになったと思ったら、今度はコロナ感染が収束するどころか、また悪化しているから状況は厳しい。最初の支援も、寛容さから行われたわけではなく、経済を破綻させないために取られた策だ。「これでは誰も何も買わなくなるから、金をばら撒いて消費してもらわないといけない」という発想が背景にある。

私がみんなに気づいて欲しいのは、こういった重大な危機に直面したとき、人々の目は市場に向かうのではないということ。みんなそこに全ての答えがあると思っているがそうじゃない。ソーシャリズムこそが答えなのだ。なぜなら、そういう状況ではソーシャリズムが有効だから。政府が「今はマスクを大量に作る必要がある」と指示をすればいいし、「医療費が払えないからと言って、人を見殺しにするわけにはいかない」と言わなければいけない。他に誰が言うんだ。企業が言うわけがない。何の利益にもならないのだから。だから、危機に瀕したときに我々はソーシャリズムに移行する。でも、危機が過ぎ去れば全て忘れてしまう。せっかく学んだことを忘れてしまうんだ。


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Translated by Yuriko Banno

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