AUTO-MOD山岡重行と手島将彦が語る、閉塞した社会におけるサブカルチャーの重要性

ー手島さん自身、AUTO-MODのファンでいらっしゃったんですよね。

手島将彦(以下、手島): AUTO-MODOのほぼ全作品をアナログで持っていたんですよ。当時は地方都市に住んでいたので、レコードを集めるのもなかなか大変でした。色々と検索をしているうちに山岡さんが書かれた心理学の著書も読ませていただきまして。ぜひお話を伺ってみたいと思ったんです。今日は個人的にとても感慨深いです。

ー山岡さんは大学で教鞭を取られていて、”闘う心理学者”という肩書きもお持ちでいらっしゃいますよね。どういった研究をされているのでしょう?

山岡重行(以下、山岡):元々心理学の領域でやっていた研究テーマが、人間が持つ他人と違っていたいという「ユニークネス欲求」で、博士論文もこのテーマで書きました。それは、「俺はお前たちとは違う」という多数派に対する少数派の自意識と捉えてもいいと思うのですが、逆に「多数派が少数派をどう見るか?」 という方面にも関心が広がっていきました。少数派を見る多数派の意識は、容易に差別意識に変わるのではないかと。そこから広がって、血液型性格診断に付随する少数派の血液型であるB型やAB型に対する差別の調査や、腐女子やオタクに対する多数派からの意識も研究するようになりました。その結果、差別の実態を明らかにしたり少数派のステレオタイプをデータに基づいて否定する、ことをやってきました。

手島:僕も、少数派や多数派という見方を持っておくのは大事だと思っているんです。山岡さんの著書(「サブカルチャーの心理学」福村出版)でも触れられていますが、アメリカの公民権運動では、アフリカ系アメリカ人の方々も少数派だったわけですよね。存在していることが悪いわけではないのに、単に少ないという理由で否定や差別されるという点では、発達障害や性的マイノリティ、双極性障害などのメンタルヘルスに関しても同じだと思っていて。社会システムなどが、少数派に適したように構築されてないということもあるし、そもそも社会のシステムは多数派寄りに作られているから、少数派の人たちが割を食っている部分もある。だから、少数派の存在を否定的に捉える前に、世の中をちょっと疑ってみたらいいんじゃないかなと僕は思うんです。


手島将彦(左)と山岡重行(右)

山岡:多数派を形成するためには、スケープゴートが必要なんですよ。例えばアメリカは、移民をまとめ上げた国ですから、常にどこかと争ってきたんですよね。最初に北アメリカに渡ってきたプロテスタントのアングロサクソン系の白人が土地を自分たちのものにして資本家になっていき、遅れてきたカトリック系白人は小作人などの労働者階級になった。一方、明らかに白人とは異なる有色人種の黒人やユダヤ人もいる。その社会の中ではランキングが先ずあって、白人がいて、その下に有色人種がいる。明らかに違う階級を作ることで、上の階級がまとまって多数派を結成するわけです。異質な存在がないと多数派が形成できないんですよね。日本は、歴史的に士農工商の身分格差などはありましたが、言語、人種や宗教の多様性は外国に比べると少ない方なので皆が一緒だという意識を作りやすい場所ではありますね。

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