女性初の快挙、グラミー賞を受賞したマスタリングエンジニアの成功ストーリー

Adam Wolffbrandt

デヴィッド・ボウイ、ベック、ヴァンパイア・ウィークエンド、ドリー・パートン、シーアなどのアーティストの数多くのアルバムのマスタリングを手がけた、グラミー賞受賞者でもあるエミリー・ラザールが成功のカギを語ってくれた。

めまぐるしく変化する音楽業界を牽引する人々の舞台裏に迫るローリングストーン誌の連載、At Work(アット・ワーク)。さまざまな職種や新しいアイデアの紹介、さらには新規参入者へのアドバイスをはじめ、音楽業界に関する多種多様なテーマを探求する。

エミリー・ラザールは、誇張抜きに4000枚近いアルバムのマスタリングを手がけてきた。自身のオーディオマスタリング施設、The Lodgeの創設者/社長/チーフエンジニアとしてニューヨークを拠点に活動するラザールは、ニューヨーク大学(NYU)のシュタインハルト・スクール・オブ・カルチャー・エデュケーション・アンド・ヒューマン・ディベロップメントの名門、音楽テクノロジー科を卒業後、アーティストおよびプロデューサーとして音楽業界でのキャリアをスタートさせた。それ以来、この業界で20年を超える経験を積んできた。そんなラザールは、ベックのアルバム『Colors』のエンジニアとして、2019年にグラミー賞最優秀アルバム技術賞(クラシック以外)という女性初の快挙を成し遂げた。音楽業界屈指の売れっ子エンジニアのひとりであるラザールは、デヴィッド・ボウイの『Heathen』、マギー・ロジャースの『Heard It in A Past Life』、ヴァンパイア・ウィークエンドの『Father of the Bride』、シーアの『1000 Forms of Fear』、Sleigh Bellsの『Treats』といったアルバムで数々の賞賛を受けたが、アーティストの地位向上と音楽業界における女性リーダーの擁護に謙虚にこだわり続けている。音楽業界のスピードが加速するなか、ラザールの仕事は難しさを増すものの、自称「アーティストの音楽を世に送り出す助産師」としての責任に対してやりがいを感じている。

ー仕事を始めるまでの毎朝のルーティンは?

気分が乗っていたら、徹夜で作業できるんです。なので、次の日の朝は、その前の夜次第ですね。がんばって毎朝決まった時間に起きようとしたのですが、無理でした。目覚まし時計の音が大っ嫌いなんです。最低の発明品ですよ。ベッドから出てまずやることは、息子をしかるべき場所に連れて行くことです。

息子を送り出したら、それが何であれ、前夜の作業の“リカバリー”に速攻で取り組みます。私のクライアントは世界中にいるので、連絡してくるタイムゾーンはさまざまですし、私が寝ているあいだにショートメッセージを送ってくることもあります。そのため、後片付けというか、寝ているあいだに届いたメッセージに返信するんです。私が目を閉じるや否や、百万件のメールが送られてくるような気がします。

ワークアウトして、朝食をとって、それからスタジオに向かいます。マスタリングエンジニアとしては、スタジオでトラックを聴くことに多くの時間を費やします。たいていの場合は、アシスタントのクリスと一緒です。クリスは逸材なんです。

ースタジオではどのような作業を? どのようにして時間を使っているのでしょうか?

私が取り組んでいるものすべて、あるいはクライアントが掘り下げているものを聴きます。アイデア、レファレンストラック(訳注:ミックスやマスタリングを行う際に、音作りの参考として使用する楽曲のこと)、レトロであれ新しいものであれ、クライアントがインスパイアされたものなどです。クライアントの要望は、ときには「スティーヴィー・ワンダー風に言うなら、黄色みたいなサウンドで、古めかしい感じがするアルバムにしたい」などです。こうした表現は、いろんな要素が混ざり合っていて、とてもクールです。私は、ここから会話を発展さていきます。アーティストと会話できる機会は私にとってすごく大切で、アーティストが私のそばにいてくれる参加型のセッションのほうがやりやすいんです。彼らが思い描く雰囲気を一緒に感じるのですから。ツアーで世界中を回っている途中だからとメールで連絡が来る場合は、とても詳細な指示を出してくれます。「このサウンドはフリートウッド・マックみたいな感じにしたい。まるで彼らが……」とか。

アーティストと一緒にクリエイティブな方向性を見つけていきます。彼らの中には、複数バージョンのトラックをつくりたがる人もいれば、極めて明確なリクエストを出してくる人もいます。その他の人たちは、私が正しいと判断することをしてほしいと思っています。

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ーどれくらいの頻度で徹夜作業をするのですか?

クライアントの締め切りや進捗状況次第ですね。私はニューヨークにいるので、ロサンゼルスの人たちと仕事をするときは、夜遅くまで働きます(訳注:ロサンゼルスとニューヨークの時差は3時間)。スタジオで一緒に作業をしているときは、彼らが必要とするだけの時間をかけますし、みんながハッピーになるまで続けます。だから、(徹夜は)しょっちゅうですね。というのも、アーティストの役に立ち、彼らが必要なときに頼れる存在でありたいのです。私は、世に出る前に楽曲を最高なものに仕上げられる最後のチャンス、いわば、長旅に出る前に立ち寄る最後のガソリンスタンド的な存在で、この連鎖の重要な一部なんです。というのも、レコードを仕上げる前に多くのことを判断しなければいけませんから。

ー3000枚超のアルバムを手がけてきたという記事を拝読しました。ご自身の実感としてはどうですか? 1枚のアルバムの制作にかかる時間は?

それは古い記事ですね。実際、いまは4000枚近いと思います。アルバム1枚の制作には、その人がかけたいと思うだけの時間がかかります。理論上、私はトラックごとに1時間かけます——52回やり直しをさせられるとか、誰かが指示していないときは。やるのは、イコライジング、コンプレッシング、エディティング、ステムマスタリングですね。テクノロジーの進歩のおかげで、アーティストがスタジオで自らミックスしたトラックを私に送り、私がマスタリングして戻し、一緒に改良できるようになりました。

時折、テクノロジーがまるでパンドラの箱のように思えることがあります。でも、私自身は相手が望むことを叶え、満足するまで一緒に作業できることに大賛成です。世間には、取るに足らないものがあふれています。でも、私は最高のアーティストたちと仕事をしてきましたし、彼らにひとつ共通点があるとしたら、楽曲のサウンドに対して極めて強いこだわりを持っているという点です。彼らはいつも自分自身をもっと良くしようと努力を重ね、やろうとしていることを維持し、守り、拡大しようとしています。ですので、彼らをサポートするのに一役買えることにとても感謝しています。

Translated by Shoko Natori

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