ヴァン・ヘイレンを発掘したプロデューサー、故エディの素顔を語る「彼は単なるテクニシャンではなかった」

エディ・ヴァン・ヘイレン(Photo by Fin Costello/Redferns/Getty Images)


シャイな人柄と「嵐の前兆」

―エドの第一印象はいかがでしたか?

テンプルマン:とにかくシャイだった。自分のスタジオを持ってからは、遠慮なくクリエイティビティを発揮するようになったけどね。彼が成長していくさまは、見ていて気持ちが良かったよ。

―初めて一緒にスタジオに入ったときはどうでしたか?

テンプルマン:彼とのレコーディングは楽で、アンプの前にマイクを立ててやるだけでよかった。エドはすでに素晴らしいサウンドを作ってたからね。ちょっとイコライザーをかけてやったくらいだよ。

最初のデモ音源を作ったとき、1日で30曲くらい録った。持ち曲を全部知りたかったからね。セッションを終えてみて、彼らはちゃんとした形でレコードを出すべきだと確信した僕は、バンドと一緒に正式にスタジオに入った。赤いライトが灯るたびに、彼は身を固くしてたよ。緊張してたんだろうね。でも、彼がミステイクを出したことは一度もなく、プレイはいつも完璧だった。ほぼ全ての曲で、彼はギターソロを一発で録った。コード演奏からノンストップでソロに入り、またコードに戻る。ソロをオーバーダビングしたことは一度もないよ。本当に素晴らしかった。

―彼はどういった音楽を好んでいましたか?

テンプルマン:ロックを好きになったきっかけはデイヴ・クラーク・ファイヴだと言ってた。いつもアル(兄のアレックス・ヴァン・ヘイレン)と2人で「Glad All Over」を弾いてたらしいよ。あとエリック・クラプトンも好きだったね。僕が彼のアルバムをプロデュースしてたとき、エディがスタジオに電話をかけてきたのを覚えてる。「そこにエリックがいるのかい?」「ああ」「挨拶しに行ってもいいかな?」「もちろんさ」みたいなやり取りをした。実際にスタジオまで来たはずだけど、結局会わずじまいだったかもしれない。彼はシャイだったからね。



―彼はどうしてそれほど内気だったのでしょう?

テンプルマン:彼は学生の頃から、人目をすごく気にする性格だったらしい。(生まれ育った家庭では)いつもオランダ語で話していたから、英語が苦手だったんだ。それが理由で、学校では辛い経験もしてた。レコーディングのときでも、僕が「Hi」って声をかけると、彼は「Yeah」って返すんだ。当時の彼は、「Hi」って言うのが苦手だった。いざ話し始めると、思ってることはちゃんと伝えられたけどね。

―デモ音源を作った際に、最も強く印象に残った曲は?

テンプルマン:「Ain’t Talkin’ ’Bout Love」には光るものを感じたね。他の人間がどう思うかなんて全く気にしなかった。それが特別な曲だって、僕は確信してたから。(デイヴィッド・リー・ロスの)歌詞とアプローチ、歌い方もすごくいいと思った。“欲しいものを手に入れるためなら、血を流す覚悟が必要なんだぜベイビー”そんな歌詞が書ける新人バンドはそうはいない。そしてエドは、その強烈なラインに見劣りしないプレイで応戦してた。デモを録った後、バンドはPasadena Civic Auditoriumでショーをやったんだけど、会場は満員だった。「Ain’t Talkin’ ’Bout Love」で彼らが「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」って煽ると、オーディエンスは拳を突き上げてた。あの光景には興奮したよ、レコードもまだ出してなかったのにさ。(ビートルズを輩出した)キャヴァーン・クラブにもあったであろう、嵐の前兆を感じたね。



―あなたは彼とアレックスが弾いた「Eruption」を聴いて、「それは絶対に音源にすべきだ」と言ったそうですが、それはいつのことですか?

テンプルマン:Sunset Soundでセッションをしていて、僕がトイレかコーヒーブレイクかでスタジオを離れてたときに、彼のプレイが聴こえてきたんだ。まるでバッハのフーガのような、オルガンでしか成立しないようなラインで、ギター1本で奏でているとは到底思えなかった。僕が「今のは何だ?」って言うと、エディはこう返した。「大したものじゃないよ。俺がショーの前にいつもやってるウォームアップさ」。「ドン、テープを回してくれ!」って僕が叫ぶと、彼は落ち着いた声で「もう回ってる」って言った。彼は僕とエドのやりとりを聞いてたんだ。

Translated by Masaaki Yoshida

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