田中宗一郎×小林祥晴「米ローリングストーン誌の年間ベストから読む2020年の音楽シーン」

シカゴ、NY、ロンドンでのドリル隆起とポストジャンル時代の新世代台頭

田中 ポップ・スモーク、マック・ミラー、ジュース・ワールドといった逝去したアーティストの遺作が大ヒットするという現象も今年を代表する出来事だった。

小林 ポップ・スモークは今年2月にミックステープが全米7位を取っていて、アルバムが出たら確実に大ブレイクするという空気が既にあった。だから、アルバムがこれだけ売れたのも当然だと思います。

Pop Smoke - Shoot For The Stars Aim For The Moon


小林 ただ、死後に未発表曲にポストプロダクションが加えられた「新曲」がガンガン出されたジュース・ワールドに関しては、ちょっと墓荒らし的というか、いたたまれない気持ちになってしまったのが正直なところですね。

Juice WRLD – Legends Never Die


田中 片やマック・ミラーの場合は、生前の彼のこれから先を示唆していたという意味ではニルヴァーナで言うと『MTV Unplugged』みたいな作品だったかもしれない。しかも、それが時代のいく末を示すような先鋭的な方向性だった。図らずも彼の先見性が証明されたというか。

小林 そうですね。

田中 それと、ポップ・スモークは今のNYドリルシーンの象徴でもあったわけで。2010年代前半のシカゴドリルが、2010年代にはロンドンを中心としたUKドリルとして隆盛を極めて、それがまたニューヨークに飛び火してNYドリルとして再定義される形になった。つまり、2020年はドリルが再注目された年でもあった。

小林 数年前からアンダーグラウンドでは活況を呈していたUKドリルも、最近はかつてほど暴力的なリリック一色ではなく、ロンドンでは5000人規模の会場でライブを成功させるアーティスト――ヘディ・ワンも出てきた。実際、彼は今年リリースした1stアルバム『EDNA』が全英1位を獲得していて。

Headie One – EDNA


田中 しかも1年の間にアルバムとミックステープの2枚をリリースしていて。片やドレイクやフューチャーをフィーチャーしたアルバム。よりビートのバラエティに突化したミックステープではジェイミーxx、サンファ、FKAツイッグスといったアンダーグラウンドでインディ寄りの人と作っている。やっぱり2020年を語る上でヘディ・ワンは外せないかも。

小林 で、彼がメインストリームで頭角を現してきたと思ったら、ドレイクがすかさず一緒に「Only You Freestyle」っていう曲をリリースして、「この曲ではハードに行かなきゃならなかった――世界最高のドリル・アーティストの一人と一緒にやるトラックだから特にね」って賛辞を送ったり。そもそもドレイクは、UKドリルを取り入れた「War」でヘディ・ワンのフロウをパクったと指摘されていたという背景もあるんですけど。

Headie One x Drake - Only You Freestyle


田中 良くも悪くも相変わらずのドレイクのカルチャーヴァルチャーぶりね。と同時に、シカゴドリルのオリジネーターであるリル・ダークをフックアップするっていう。自分がシカゴとロンドンとのハブになっていることを抜け目なく示すっていう。

Drake - Laugh Now Cry Later ft. Lil Durk


小林 抜け目なさ過ぎでしょ(笑)。ただ、実はドレイクって『Views』を超えるロングヒットを出せてないんですよね。今年出した『Dark Lane Demo Tapes』も既発曲が多いミックステープとは言え全米1位を取っていなくて、リル・ダークとの「Laugh Now Cry Later」も最高2位。あのドレイクでさえ、うかうかしていられないっていう。

田中 ただ、今年爆発的に売れた24kゴールデンにしろ、リル・モージーにしろ、去年のリル・ナズ・Xと同じで、やはりTikTok経由のプロモーションがもはや完全に定着した感はあって。しかも、リル・モージーがブレイクしたことにテカシ・シックスナインが「あいつらはTikTok発じゃないか」って文句を言ったっていう(笑)。

小林 インスタラッパーだったお前がTikTokラッパーを貶すのか?って(笑)。24kゴールデンはかなりポップミュージック的でもあるし、これまでのラップアーティストとは毛色が違うのも今後は増えそうな予感がします。

24kGoldn - Mood ft. iann dior


田中 やっぱりポスト・マローン以降の本格的なポストジャンルの到来の年でもあった。彼の今年一番売れた曲「Circles」なんて、ごく普通のポップソングだし、24kゴールデンも当初はオルタナティヴロックチャートで火がついて、最終的に全米1位を5週獲得。つまり、新たなポップとしてのラップ新世代が台頭してきた。もはやマンブルラップと旧世代の確執という2010年代の話題も遠い昔の話というか。それと、ようやく今年になって知ったんだけど、ケイン・ブラウンの存在も興味深くて。

小林 ブラックの血を引くカントリーシンガーですね。

Kane Brown, Swae Lee, Khalid - Be Like That feat. Swae Lee & Khalid


田中 今年の彼のヒット曲はどれもジョン・レジェンドやスワエ・リー、カリード辺りをフィーチャーしたラップ要素のあるポップソングで、どう聴いてもカントリーには聴こえない。これも2020年特有の現象だと思ったな。あとは、各メディアのチャートと商業的成功が乖離し始めたのも今年の特徴だよね。

小林 ただ、メディアのチャートとビルボードのチャートが乖離しているのは昔からそうだと言えばそうで。

田中 むしろ2010年代前半から2019年までがすごく幸福な時代で、それこそが例外的な現象だったという?

小林 2016年のPitchforkの年間ベストアルバムのトップ10がほぼ全米1位の作品で占められてたじゃないですか。やっぱりメディアの評価とセールスが珍しく合致していた幸福な時代だった。ただそれが推し進められすぎると、全米1位を取っていないと俎上にも上げられてないというか。「全米50位か、じゃあ大したことないね」みたいな空気感になる時期もあったと思うんですよ。でも、去年くらいからそれも変わってきていて。ラナ・デル・レイ『Norman Fucking Rockwell!』は全米1位を取っていないんだけど、各メディアの年間ベストで上位を総なめしたっていう。

Lana Del Rey – Norman Fucking Rockwell!


田中 世の中が通常運転に戻ったんだよね(笑)。例えば、サーフェシズみたいなチージーなポップが売れまくっているのを見たりするとウゲッとか思うんだけど、いやいや、いつの時代もそうだった、なんて思い直したりして。ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズも最初のシングルは理想的なロックソングだと思ったし、今年も売れてはいるけど、まあまあつまらないんですよ。ジャスティン・ビーバーにしたって、2015年の彼のアルバムがポップの風向きを変えた触媒的な金字塔なのは間違いない。ただ、今年のアルバムもジャスティンのヴォーカリゼーションだけを聴いたらやっぱり素晴らしいんだけど、サウンド的には驚きはなくて。

Justin Bieber - Changes


小林 ただ、ラップもむしろメインストリームのチャートに入ってこない作品はまさに豊作の年だったわけじゃないですか――その辺りの作品はThe Sign Magazineの年間ベストを見てもらいたいんですけど。そこも含め、世の中が平常運転に戻ったということなのかもしれません。

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