LOW IQ 01の青春時代「ミクスチャー音楽に目覚めた1990年」

ー僕、観に行っているんですけど、1990年の2月ぐらいで、ツアー的には「スティール・ホイールズ」でしたね。

そうそう。俺は行ってないんだけど、歳で言うと大学2年生で、19歳、20歳になる年だった。で、俺の中ではレッド・ホット・チリ・ペッパーズの初来日が印象的で、そっちに行ってるんだよね。1990年1月後半に川崎のCLUB CITTA’で2デイズやってた。アルバム『Mother’s Milk』を出して、来日っていう。で、これね、意外に映像が残ってたりとかしているんだよね。3階から撮ってるやつ。CLUB CITTA’の木嶋さん(※LOW IQ 01のライブ制作も担当)に訊いたら、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのスタッフが映像を押さえてたって。当時、新宿にあったブートビデオとかを扱うビデオショップがあって、ビデオを取ってきて、ガチャって入れて、一応買う前に観れるショップがあって。そこにレッド・ホット・チリ・ペッパーズのその時の映像があったんだよ。衝撃で。俺ライブで、結構フリーの手元ばかり観てたもん。



ーやっぱり、スラップ元年から来てますもんね。

スラップ元年って、俺の中ではミクスチャー元年なのよ。今まで80年代ってレッド・ホット・チリ・ペッパーズも、フィッシュボーンとかも聴いてたんだけど。90年代になると、ヨーロッパの方だったり、ミクスチャーだったりを聴き始めて。1990年にはマノ・ネグラも初来日してて、渋谷クアトロに観に行ったんだよね。実はその前日に深夜番組の『三宅裕司のいかすバンド天国』で翌日のホコ天でライブをやるという情報が入って。それで翌日アイゴンと観に行った。マノ・ネグラが民族音楽とか、今の俺の音楽のルーツ。80年代まではパンク一本だったのが、90年代になってからミクスチャーとかスカとか。例えば、ザ・ポーグスとかもすごい好きだし、そういう方にどっぷりハマっていく。分かりやすくさっきの流れで言うと、『イカ天』とか、バンドブームが去って、クラブ・ミュージック・ムーブメントが来るんだよね。で、「クラブキッズ」っていう言葉が生まれて、雑誌の『CUTiE』とかも出てきて。俺、1990年の時、『CUTiE』に出たことある。クラブ・ミュージックがだんだん80年代から90年代に変わってきた感じかな。

ーその当時、クラブ・ミュージックと言われているカテゴリーのアーティストって、イチさんはどのあたり聴いてましたか?

クラブ・ミュージックでもいろいろなジャンルがあるわけよ。例えば、俺がすごい覚えているのは、テレビ番組『BEAT UK』。深夜にやっていて、そこでいろいろなヨーロッパのアーティストを知った。90年代になった時に、「レイヴ」が出てきて。今のレイヴ・パーティーとか、そういう文化じゃなくて。どちらかと言うと、音楽は打ち込みで、テンポがすごい速いやつというか。あと、初期のプロディジーには衝撃を受けた。90年代中盤から、すごい売れたんだけど、ロックみたいになっちゃったじゃない? その前はもっとダンサブルで。そのダンスにすごい衝撃を受けたんだよね。レイヴがヨーロッパの方から来て、俺の中では音楽はそこらへんから急に変わってきた。だから、ミクスチャー元年ですよ。

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