マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン再始動、シューゲイザーの伝説を今こそ紐解く

『loveless』と伝説の続き

いよいよ独走体制に入ったMBV。続く4枚目のEP『Tremolo』は、冒頭で紹介した「to here knows when」をリード曲に掲げた作品である。エスニックな楽曲「Swallow」では、トルコのベリーダンス・ミュージックをカセットから抜き出しリズムに用いるなど、サンプラーを更に多用しているのも『Tremolo』の特徴。収録曲を3つの幽玄なインタールードで繋ぎ合わせ、トータルで1曲のように聴こえる仕上がりにしているが、この手法は同年リリースされた、彼らの2ndアルバム『loveless』でも採用されていた。


『ep’s 1988-1991 and rare tracks』は、上述のEP4作品(『You Made Me Realise』『Feed Me With Your Kiss』『Glider』『Tremolo』)とレア楽曲を一つにまとめたコンピレーション

今もロック史に燦然と輝く『loveless』はしかし、バンドにとって最悪のコンディションの中で作られた作品だったことが分かっている。録音中にケヴィンとビリンダは破局。最初の夫からの暴力に怯えていたビリンダは、息子トビーを連れ去られるのではないかという不安によって、パニック障害を患い催眠療法を受けていた。コルムは体調を崩してドラムがまともに叩けなかったうえに家を失った。一方、デビーも長年つきあっていた恋人と別れ、レコーディングに参加できないフラストレーションをつのらせていた。そう、『loveless』はほとんどケヴィンひとりでレコーディングされたアルバムだったのだ。

そうしたバンドの内情を抱えつつ、リリースに向けての執拗な催促をレーベル側から受け続けたケヴィンは、日増しにアラン・マッギーへの不信感をつのらせていく。

「あのアルバム・タイトルが全てを語っている、ぼくはそう確信しているよ。(中略)アランが『おい、レコードはどこなんだよ、レコードはどこだ?』と聞けば、ケヴィンは『もうすぐだ』という。そして、アルバムから最初にカットされたシングルが出ると、その曲は『Soon(すぐ)』というタイトルだった。それでまた『アルバムはいつもらえるんだ?』と聞くと、次のシングルの曲は『To Here Knows When(いつなのかと聞く)』と名づけられていた。そしてケヴィンがすべての曲を終えると、そのプロジェクトは『loveless(愛がない)』と題された」
※パオロ・ヒューイット著『クリエイション・レコーズ物語』エド・ボール


『loveless』ジャケット写真

とはいえ、このアルバムは、バンドの司令塔であるケヴィンの脳内イメージをそのまま焼き付けたような、『Isn’t Anything』からさらに進化したサウンドへと進化していた。幾重にもレイヤーされたギター、シンセ、サンプラーによる音の壁は、90年代以降のほぼすべてのギター・バンドに少なからず影響を与え続けてきたのである。一説によれば、「Creationの経営破綻を招いた」とも言われるほどの時間と予算をつぎ込み制作されたこの『loveless』以降、バンドは事実上の活動休止状態となる。

様々な憶測が流れ、その度に一喜一憂する日々。もう二度と4人が揃うことはないだろう。誰もがそう思っていたところに突如舞い込んできたのが、2008年の「再始動ツアー」のニュースだった。日本でも同年にFUJI ROCK FESTIVALで初日のトリを飾り、苗場をフィードバック・ノイズで埋め尽くし伝説となった。さらに2012年には、過去のオリジナル・アルバム『Isn’t Anything』『loveless』と、2枚組の編集盤『ep’s 1988–1991』が、ケヴィン本人の立ち会いのもとに行なわれたリマスターによってリニューアル。翌年には韓国公演を皮切りにアジア・ツアーがスタートし、東京と大阪の公演を全てソールド・アウトさせるという快挙を成し遂げた。

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