セイント・ヴィンセントが語る刑務所を出た父親との絆、70年代ロックが持つ「癒し」

セイント・ヴィンセント(Photo by Erik Carter for Rolling Stone)

セイント・ヴィンセントことアニー・クラークが、通算6作目のニューアルバム『Daddy’s Home』を5月14日にリリースする。2019年の冬、父親が刑務所から出所し、書き始めたという新作。革新的なギター・テクニックとカリスマ性で知られる彼女の新境地とは?

アニー・クラークはテキサス刑務所に収監されていた父親を訪ねた時、別の来訪者からサインをせがまれたことがあるという。その人物は他に紙を持っていなかったため、彼女はレシートの裏にサインした。「携帯を持ち込むことはできないから、セルフィーは撮れないの。私にとっては好都合だったけどね、あそこで撮った写真が出回ると困るから」。現在38歳のクラークはそう話す。「ブラックユーモアとしてはいいけどね。悲しい話なんだけど、すごく笑えるもの」

2010年5月に父親が収監された経緯について、クラークは「ホワイトカラーならではのナンセンス」と形容する。以降約10年間、彼女はセイント・ヴィンセントとしてリリースした4枚のアルバムによって確固たる地位を築き上げる傍ら、定期的に父親のもとを訪ねていた。2014年に行われたロックの殿堂の式典でニルヴァーナのメンバーと共にステージに立った彼女は、着用している衣服がタイトすぎると刑務官から指摘され、XXLサイズのスウェットパンツを求めて急遽ウォルマートに向かったことも何度かある。2019年にはグラミー賞の最優秀ロックソング賞を受賞する一方で、獄中で父親に読んでもらおうと持ち込んだ大量の本が没収され、版の異なる複数の聖書に置き換えられるといった事態も経験した。父親の釈放から2年が経った今、彼女は5月14日に発表される6作目『Daddy’s Home』で、一連のすべての出来事に折り合いをつけようとしている。

2011年発表の出世作『Strange Mercy』では、父親の収監によって経験した「痛みと両面感情」が表現されていたのに対し、新作『Daddy’s Home』からはそういった感情を消化した彼女の姿が伺える。2017年作『Masseduction』のコンセプトの一部でもあったヴィジュアルも一新し、新作での彼女はヘッドスカーフと70年代的な色つきサングラスを身につけている。


4月3日に米人気テレビ番組「Saturday Night Live」に出演したセイント・ヴィンセント。新たなバンド編成では、ナイン・インチ・ネイルズ等のベーシストとして活躍するジャスティン・メルダル・ジョンセン、元ジェリーフィッシュのメンバーでベック等のライブ・メンバーでもあるギタリストのジェイソン・フォークナー、現行のUSジャズ・シーンを牽引する鬼才ドラマーのマーク・ジュリアナ、ルーファス・ウェインライト等のキーボーディストを務めるレイチェル・エクロスなど、豪華なミュージシャンが脇を固めている。


『Daddy’s Home』に影響を与えた楽曲のプレイリスト

「前作で追求したものを形容するとしたら、『スピーカーの上からダイブして首根っ子を押さえる』ようなサウンドだったと思う」。彼女はそう話す。より生々しく、地に足のついた『Daddy’s Home』には、ボウイやスライ・ストーンをはじめとする70年代のアーティストたちからの影響が色濃く現れている。70年代という時代について、彼女はこう表現する。「フラワーチルドレンの理想主義は既に廃れ、ディスコブームが到来する前。私はあの時代に、現在との類似性を感じているの。汚れや腐敗にまみれていて、進むべき方向を必死で模索しているっていう点でね」

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE