これからの音楽業界を救う「ポストサブスク」 新しい方法論と日本はどう向き合うべきか?

ポストサブスクの鍵は「エンゲージメント」

榎本:僕は、ポストサブスクの核のひとつは、音楽をただ聴くのではなく、楽しむことに使うことだと思います。もうひとつは、アーティストへのエンゲージメント、愛情表現をする場を用意すること。

今の時代、CDは買わなくていいわけですが、わざわざそれを買ったり、ライブ会場でTシャツやタオルを買ったりするのは、それしか愛情表現の方法がないからですよね。その愛情表現をする場を、もっとテクノロジーを使って作っていかないといけない。それがポストサブスクの使命のひとつです。

中国の真似をしよう、と言いたいわけではありません。アメリカも中国のポストサブスクに気づきながら、真似はしませんでした。中国に刺激を受けながら別のことをやろうと考えたのが、「Sessions」のファウンダーの1人であるティム・ウェスターグレン。

Pandoraを作った彼がPandoraを辞めた後にゲームビジネスを手伝ったら、ビジネスモデルが音楽よりも豊富で先に進んでいることを知った。また、中国ではライブ配信がコロナ禍よりずっと前からブームになっていて、ゲームで始まったライブ配信が音楽をきっかけに巨大ブームになっていた。ティム・ウェスターグレンは「これだ」と思ったわけです。

彼はサブスクに近い広告モデルのPandoraを作って、無名のミュージシャンが10、20万人のオーディエンスを得ることに成功した。ですが、それを収益化する場を作れなかった。そこで中国のギフティングを知って、これこそサブスクでも出来なかった、ミュージシャンの活動を収益化してあげられる何かではないかと気づきました。

彼が始めたSessionsはライブ配信のプラットフォームですが、さらに「プロモーションエンジン」というものを作った。それが、他のSNSにアーティストの宣伝を広告出稿してくれるんです。原資はオンラインチケットやギフティングの売上。売上は3割がApple税で、3割がSessions、残りの4割がアーティストに配分されますが、Sessionsがもらう3割はアーティストの宣伝費になります。それでレベニューシェアしましょう、という仕組みを作ったんですね。


ティム・ウェスターグレン、〈アーティストが稼げる音楽ストリーミングサービスとは? 米パンドラの創業者が語る〉より(Photo by Theo Wargo/Getty Images)

小熊:このサービスはいいですよね。

榎本:ファンが応援するために「いいね」をしたりツイートしたりしますが、要するにそれは広めたいということです。お金を直接渡すよりも、そのお金がアーティストの宣伝になる方が嬉しいはず。「このアーティストを他の人にも好きになってほしい」というエンゲージメントの中でも強い思いを後押しする――Sessionsが作った仕組みはそれです。中国の投げ銭をそのままアメリカに持ってきても受け入れられない。ギフティングするファンと受け取るミュージシャンの間に、もっと美しい関係を創る必要があると考え、ギフティングすると、そのお金が大好きなアーティストの宣伝になる、という構図を作り出した。

つまりティム・ウェスターグレンは、中国の真似をしなかった。ミュージシャンが音楽で生活できるようにしたい、という高い志から、クリエイティヴな発想が出てきたんです。クリエイティヴっていうのは、そういうことだと思います。


「Sessions」の様子

若林:先ほどの投げ銭をするタニマチの話は、かつて音楽家がパトロンの貴族に抱えられていたようなことで、それ自体が束縛になることもある。そういう部分が剥き出しになっているのは、ちょっと怖いですよね。

榎本:そうですね。美しくない。

若林:それを、直接的な金銭のやり取りにだけにならないようにするプラットフォームの設計は重要ですよね。

榎本:はい。つまり、アーティストとファンとのコミュニケーションを、より美しいものにしたい。これも、クリエイティヴなイノヴェーションを起こすドライヴァーになりえます。

たとえば、iPhoneという指先だけで操作できる美しいデバイスが生まれたのは、それ以前の携帯電話がボタンだらけであまりにも醜い、と美意識の強いジョブズが感じていたからです。「美」は、クリエイティヴのドライヴァーになると思います。

音楽はどれほど大衆化したとしても、美を扱っている芸術です。だから、ファンとアーティストの美しい関係をどうやって作っていくか。それが、中国が出した素晴らしいオリジナルな答えに対して、日本がそれをより美しいものにしていく際のドライヴァーになる。

若林:ブロックチェーンで音源やりとりする、あるいは限定コピーを作るといった可能性はいかがですか?

榎本:ありえますね。ブロックチェーンが素晴らしいのは、コピーを潰す技術だということです。だから、限定100枚のアルバムをブロックチェーンの技術で配ったら、コピーが限定された、絵画のような価値を持った芸術品になりえますよね。それにプレミアムな価値を付けて、ファンどうしで転売するたびにスマートコントラクトによってアーティストやレコード会社に売上が入る仕組みを作ることも可能だと思います。デジタルデータに価値に付かないのは無限にコピーできるからですが、コピー数を限定するテクノロジーが登場したので、それはどこかで使えると思います。

若林:そうですね。そういう作品だけを扱うアートギャラリーみたいなものがあってもいいのかも知しれない。

小熊:この本がすごくいいのは、音楽や芸術の価値付けの捉え方を考え直そうよ、と書かれているように思えたところでした。

若林:僕らが音楽をどう生活の中で価値付けているか――音楽をただのBGMとしてしか使わない人もいるだろうし。それが、サブスクによって問われることになった。サービスが変わることで、自分たちと音楽との距離も変わる。そこが面白いですよね。

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