北欧ブラックメタル「血塗られた名盤」 メイヘムのメンバーが明かす壮絶な制作秘話

「殺人犯」と「被害者」が並ぶレコード

レコーディングから少し経って、シハーはハンガリーに戻った。祖国ではあと1年で電気工学の学位を取得できたので、彼は大学の勉学を優先したのである。「試験がもうすぐで、この学期を落としたくなかった。俺の計画では次の学期を休んで、あとで戻るつもりだったんだ。ユーロニモスはツアーの計画があると言っていたし、俺も楽しみだったからさ」とシハー。

彼は連絡をずっと待っていたが、ユーロニモスからはずっと音沙汰がなかった。そして、ユーロニモスの友人から彼が殺害されたと教えられた。しかし、シハーは雑誌でその事件のことを読むまでガセネタだと思っていたのである。「『なんてこった。だからこの2週間、誰も電話にでなかったんだ』と納得したよ」と当時を思い出してシハーが言う。「マジで『常軌を逸している』と思った。

「それを聞いて俺の精神状態はどん底まで落ちた。そんなふうに知り合いを亡くすのは……ユーロニモスとは深いつながりではなかったけど、けっこうな期間、連絡を取り合っていたし、互いに気に入っていた。だから、友人を亡くすのと同じ感覚だったよ。それに加えて、最高のアルバムが完成しているのに、それを出せないとなった。当時、レコードをリリースするのは本当に難しくて、特に俺の場合はハンガリーの古い体制が陥落する直前の90年代初頭だったから。『10年間やってきて、やっとアルバムに参加して、やっとリリースできるはずだったのに』と悔しかった」

シハーの手元にあったのは、スタジオでラフミックスを施した5曲が入ったテープだけ。これはのちに数量限定版EP『Life Eternal』としてリリースされたが、シハーが完成版のアルバムを聞いたのはそれから1年以上経ってからで、それまでバントメンバーとは音信不通になっていた。

生前のユーロニモス(写真右)

その頃、ヘルハマーはノルウェーでバンドの立て直しに奔走していた。1994年、ヴィーケネスはユーロニモス殺害と教会への放火で懲役21年の判決を受けた。しかし、ヴィーケネスは教会の放火は無罪、ユーロニモス殺害は正当防衛と主張した。また、ヴィーケネスをユーロニモスの自宅まで車に乗せたブラックソーンは、殺人事件の共犯者として8年の実刑判決を受けた。この間、シハーの連絡先を知らなかったヘルハマーは彼に連絡できなかったのである。結局、バンドの唯一のオリジナルメンバーとなったヘルハマーは「このアルバムのリリースは俺一人の肩にのしかかった」と当時を説明する。

ヘルハマーはミスティカムに在籍する友人ロビン・マルムグレンに協力を求め、アルバムのアートワークを作るために初期のコンピューター・プログラムを使用した。ヘルハマーにはかなり高尚なアイデア、例えば羊皮紙に歌詞をカリグラフィーで書く、ホイルにバンド名をスタンプする等があった。しかし、予算の問題でもっとシンプルなデザインになった。ブラックソーンからもらった大聖堂の写真がクールだったので、これをジャケットに使うことにした。また手元にあったバンド写真は、自分、ユーロニモス、シハーが写った影のあるものが数枚で、まともなポートレイト写真は自分とユーロニモス二人だけが写ったものが1枚だけだったのである。そのため、アルバムにクレジットされたのが彼らだけとなった。またクレジットが抜け落ちているその他の理由として考えられるのは、ヘルハマーの説明によると「殺人犯と被害者が同じレコードで演奏しているという理由で、ユーロニモスの父親がこのアルバムのリリースを拒絶していた」ためらしい。

しかし、ヘルハマーはそれを無視してアルバムをリリースした。今ではユーロニモスの家族とは連絡が途絶えている。ヴィーケネスは2009年に仮釈放されたが、グリーティングカードを交わしたことがあったとは言え、出所後は二人とも一切言葉を交わしていない。ヘルハマーはこう言う。「何年も前に起きた事件だから悪感情は一切ない。彼のことは許している。あれは片方がもう片方を殺したかったってだけの話で、実はユーロニモスもヴァルグを殺したがっていた。俺は二人がバカを言い合っているだけと思っていて、実際にヴァルグがユーロニモスを殺すなんて夢にも思っていなかった。

「もちろん、ユーロニモスがいなくなったのは大きな損失だった。でもヴァルグが殺されていても大きな損失には変わりなかったはずだ。二人とも同じくらい素晴らしいミュージシャンなんだから。あれ以来、いくつもインタビューを受けているけど、俺は彼のことを一度も悪く言ったことがない。だって、あれは互いに敵対する二人の男が二人だけの戦争を起こしたという、個人的な事件だと思っているからね。ヴァルグを嫌う理由も責める理由もない事件なんだよ」

バーズムのアルバムをリリースし続け、論議を醸している哲学に傾倒しているヴィーケネスは、この記事のためのインタビューを辞退した。

Translated by Miki Nakayama

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE