ガンズ・アンド・ローゼズ結成秘話 アクセル・ローズを巡る当事者たちの証言

結成当初のガンズ・アンド・ローゼズ(Photo by Paul Natkin/Getty Images)


LAに引っ越してきたダフ・マッケイガン

ダフ・マッケイガン(Ba/ロード・クルー、ガンズ・アンド・ローゼズ):LAに引っ越してきたのは、1984年の9月だった。シアトルのパンク小僧にとっては、正にカルチャーショックだったよ。もちろん、エディ・ヴァン・ヘイレンみたいなギタープレイが流行っているのは知っていたし、モトリー(・クルー)が自主制作した最初のアルバムも聴いていた。でもこっちへ引っ越してきて、電柱に貼ってあるバンドのチラシを見たら……どいつもこいつもロングヘアーで、しかもみんな揃ってあんな格好でさ。当時の俺の気持ちがわかるだろ?

マーク・キャンター:とにかくダフは、スラッシュがリサイクラー誌に掲載した広告に応募して、そこからジャムセッションが始まったんだ。

ダフ・マッケイガン:スラッシュの広告には、「フィアー、エアロスミス、初期アリス・クーパー的なバンド」と書いてあった。それで募集者の名前が「スラッシュ」と来れば、誰でも俺と同じパンクロック畑の奴だと思うだろう。スラッシュへ電話してみると、すげぇクールな奴だった。それからキャンターズ・デリで、スラッシュとスティーヴンに会った。スラッシュは「左奥のボックス席にいる」と言っていたので、店に入って左の方を見てみると、あの髪型が並んでいるだろ! それで俺の方は、背中にアナーキーの「A」の文字が入った、ロングの派手な赤黒のピンプジャケットって格好だった。奴らからしてみると「はぁ?」って感じだったと思う。その頃のスラッシュのガールフレンドはストレートな物言いをする女の子で、「あんた、ゲイ?」って聞かれた。俺が「いや、ゲイじゃない」と答えると、「オーケー、それなら誰かガールフレンドを紹介してあげるわ」と言われたよ。

その晩は、みんなでスラッシュの母親の家に行った。地下にあるスラッシュの部屋でウォッカを飲んでいると、奴がギターを弾き出した。同世代であんなギターを弾く奴には、それまで会ったことがなかった。でもロード・クルーはヴォーカル不在で、「お前は歌えないかな……」とまで言われたよ。でも俺はもうシアトルからロサンゼルスへ引っ越していたし、次のステップへ進む気満々だったからな。高校を出たばかりでレパートリーはギターリフばかり、なんて奴らとつるむつもりはなかった。たとえそのバンドに、スラッシュみたいなすげぇギタリストがいてもな。



マーク・キャンター:スラッシュは、トルバドール・クラスのクラブでギグができるレベルのヴォーカリストを、自分では見つけられなかった。だから、どこかのバンドから引き抜くしかなかったのさ。ローズ、つまりハリウッド・ローズは既にライブをこなすバンドだった。このバンドも名前があれこれ変わっていた。ある時、スラッシュやスティーヴンと一緒にギャザリズへ行った。確かバンド・バトルみたいなライブの日で、入場料は1ドルかそこらだったと思う。ローズはたった3曲しかやらなかったが、とにかくアクセルは良かったし、イジーも良かった。

スティーヴン・アドラー:俺は言ったんだ、「あのヴォーカルとギターをゲットできて、あとはベーシストが揃えば、最高のバンドになるぜ」と。

Translated by Smokva Tokyo

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