田中宗一郎×小林祥晴「数年来のゴールデンイヤー到来の予感? 2021年1stクォーター総括対談」

オリヴィア・ロドリゴの2020年代的な新しさ

田中:そんな諸々の状況の中、2021年1stクォーターのMVPを挙げるとすれば、これは完全にオリヴィア・ロドリゴ一択だよね。

小林:そう思います。デビュー曲の「drivers license」は全米・全英で初登場から8週連続1位。アメリカではデビュー曲が初登場から6週以上連続で1位を取った史上初のアーティストです。ディズニーチャンネル出身で既に同世代からの人気が確立していたとは言え、Spotifyのグローバルヒット担当者が「こんな急激なヒットは前例がない」って驚くくらい衝撃的なデビューだった。

[和訳MV] Olivia Rodrigo - drivers license / オリヴィア・ロドリゴ - ドライバーズ・ライセンス [公式]



田中:曲調としてはメロウなパワーバラッド。「世界一のスイフティ」を自認するだけあって、リリックではテイラー・スウィフトの手法を上手く取り込みながら、ちゃんとそこにZ世代のリアリティを投影させている。

小林:The Guardianでローラ・スネイプスが指摘していましたが、これは2010年代女性シンガーの主流だったエンパワーメントソングの形式を取っていないのも新鮮。むしろ、曲の主人公は失恋の悲しみに浸り続けていて、そのリアリティが世代を超えて共感を呼んでいる。

田中:2010年代に何が起こったかというと、まずは男性社会において抑圧され続けてきた女性側からの欲望の開放があった。性的な欲望も含めてね。

小林:そういう意味では、去年のアリアナのアルバムは一つの到達点かもしれない。

Ariana Grande – Positions



田中:その流れを経て、女性のエンパワーメントや権利向上を訴える表現が増えた。でも、そこだけでは回収されないものはたくさんあるわけじゃない?

小林:ラナ・デル・レイがちょっと前にインスタで炎上したじゃないですか。ビヨンセやカーディBやアリアナの名前を挙げて、「彼女たちがセクシーであることとかセックスについての曲で1位を取るなら、私も虐待を美化してると叩かれずに好きなことを歌っていい?」って。これが人種差別だと叩かれたんですけど、でも彼女の投稿の意図は、これまでの女性の社会的な立場とそこからの前進をという視点からすれば、ビヨンセとかアリアナがやっていることは必然だ、と認めた上で、自分はそこから零れ落ちるフィーリングを掬い上げたいという表明だったはず。デル・レイとはまた違った形だけど、ロドリゴがやっているのもそういうことかもしれない。

田中:今のラナ・デル・レイの話って、女性アーティストたちがステレオタイプから踏み出そうとする過程で、期せずして画一化してはいないか?新たなステレオタイプ化してはいないか?という問題提起でもあるわけだよね。でも、ロドリゴの場合は、いい意味でもっと無自覚というか。いろんな世代の女性作家のストラグルを経て、進化した状況がもはや前提となった世代の表現。自分自身や自分たちをエンパワーメントすることよりも、自分が置かれた状況での悲しみにフォーカスする方がきっと自然なんだよね。世代の積み重ねがあったからこそ生まれた曲だね。

小林:ロドリゴはビリー・アイリッシュと同世代で、どちらも新世代的な表現ですけど、ビリーの方が同世代をエンパワーメントすることに意識的ですよね。

田中:ただ、ビリーも当初はもっとナチュラルだったよね?自分自身の10代の感覚から不機嫌さや悲しみを歌っていただけ。1stアルバム後のシングルはどれも、ロールモデルであることを結果的に強いられ、世間やメディアからの理不尽な批判に晒されるポップスターという立場からの曲になりつつあるわけだけど。

[和訳MV] Billie Eilish - Therefore I Am / ビリー・アイリッシュ - ゼアフォー・アイ・アム/ゆえに我あり [公式]



小林:それに比べると、「drivers license」はどこにでもいるかもしれない個人の声。

田中:付き合っていた男の子と運転免許を取ろうと約束してたのに、別れちゃって、結局は一人孤独に車を飛ばしているという、言ってしまえばそれだけの歌(笑)。でも、だからこそリアリティと説得力がある。と考えると、明らかに2ndアルバムシンドロームに突入しているビリーが少し心配になったりもして。完全に余計なお世話だけど(笑)。

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