田中宗一郎×小林祥晴「数年来のゴールデンイヤー到来の予感? 2021年1stクォーター総括対談」

ポップ音楽の更なる格差拡大と、TikTokという新たなゲームの法則

小林:ロールモデルとしての役割に意識的になったというのは、ジャスティン・ビーバーにも感じました。「Hold On」は自粛要請期間が続くけど、希望を忘れず頑張ろうって曲でもある。

田中:『Purpose』の頃は20代男性が恋愛の現場で感じることをフランクに歌い、彼自身のトキシックな部分さえも告白的にキャプチャーしていた。でも、だからこそ誰もが愛着が持てた。でも、今では不安やストレスを感じている人々をエンカレッジするという目的意識で曲を作ってる。「ああ、成長するってこういうことだよね」って感動しつつも、一抹の寂しさもある(笑)。

小林:アルバムタイトルが『ジャスティス』だって聞いたときは、驚きましたけどね(笑)。ジャスティンっていう名前の由来がジャスティスだからセルフタイトルだけど、正義っていう言葉をタイトルに打ち出すのは、自分の社会的な役割に意識的だからこそ。

田中:でも、この曲のMVの中でジャスティンが演じてるのは犯罪者なわけでしょ?

小林:病床に臥せる恋人の治療費を工面するため、ジャスティンがおもちゃの拳銃で銀行強盗するっていう。

[和訳] Justin Bieber - Hold On / ジャスティン・ビーバー - ホールド・オン [公式]



田中:デヴィッド・ロウリー映画『さらば愛しきアウトロー』へのトリビュート的な側面もあると思うんだけど。ただ違いがあるとすれば、ここでの彼は義賊だよね?鼠小僧とかロビン・フッドみたいな。市井の人々の困窮の原因はむしろ不条理な社会システムの側にあるっていうコンテクストが仕込まれていて、だからこそ犯罪に手を染めて人々を救うっていう。犯罪の原因が必ずしも100%本人にあるわけじゃないという視点が共有されつつある時代の表現。パンデミックがこれまでの常識や慣例に潜む虚偽や不条理を改めて浮き彫りにすることになった後の表現とも言える。アメリカの医療の現場ではいまだ貧富の差による不平等が蔓延っているという事実をも描いてもいるわけだし。

小林:パンデミックで格差が広がったのはポップ音楽シーンにも言えることですよね。演出に潤沢な予算を掛けたライヴストリーミングコンサートにしても、ライヴやインタビューの代替えとしてもニーズが高まっているドキュメンタリーにしても、やっぱりそれが出来るのもビッグネームだけ。それでさらに格差が開いていくっていう。

田中:ただ同時に、リル・ナズ・Xに始まり、ロディ・リッチとか、新人が発見されるきっかけとしてTikTokみたいに新しいゲームの法則ももはや完全に確立された。TikTokは持たざる者が注目を集める新たなツールとして機能しているっていうポジティヴな側面もあるよね。

小林:一方で、戦略的にTikTokでのヴァイラルを狙う動きも顕在化してきて。本人は否定してるけど、カーディB「Up」は明らかにそう。とにかく短くてフックのあるフレーズが大事。そこをめがけてポップが最適化している動きがある。

【和訳】Cardi B「Up」【公式】



田中:まあ、そこは悩ましいところだけど、必ずしもいくつかのヴァイラルのパターンにハマらなければ駄目なわけじゃない。

小林:正解がないからこそ、チャンスは全員に平等にある、という。

田中:だって、俺の人生初のコンサート経験でもあった、松原みきの「Stay With Me」がTikTokでヴァイラルする時代なわけだし(笑)。

小林:この10年、日本発のシティポップが段階的にグローバルに広がってきたわけだけど、ここで駄目押し的な現象が起こった。

「真夜中のドア〜stay with me」/ 松原みき Official Lyric Video



田中:同じくTikTok経由でフリートウッド・マック「Dreams」が42年ぶりに全米チャートに入ったことも含め、歴史が単線的に進むだけじゃなくて、過去が繰り返し、今に浮上する状況が出来上がったことはポジティヴに捉えたいな。

小林:特にジーニアスのチャートを見ていると、TikTokのヴァイラルがダイレクトに反映されるから面白い。レディー・ガガ「Poker Face」が急にチャートに入ったり。かなり動きが早いから、ビルボードのチャートとは対照的。ただ、ようやく、今年誰もが注目するだろうアルバムのリードシングルが次々と出てきた3ヶ月でもあった。

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