田中宗一郎×小林祥晴「数年来のゴールデンイヤー到来の予感? 2021年1stクォーター総括対談」

2021年1stクォーターは新たな時代の到来を予感させる名曲ラッシュ?

小林:2021年の1stクォーターは、アルバム単位だと北米を中心としたメインストリームに大きな動きがなかった。ただ、ようやく、今年誰もが注目するだろうアルバムのリードシングルが次々と出てきた3ヶ月でもありました。

田中:曲単位だと、すごくエキサイティング。特にラナ・デル・レイの「Chemtrails Over The Country Club」なんて、もはや今年のベスト・ソングが出ちゃった感。

Lana Del Rey - Chemtrails Over The Country Club (Official Music Video)



小林:そこはタナソウさんがPOP LIFE The Podcastで語り倒したからほとんど補足することはないけど(笑)。この曲は陰謀論をテーマにして、その是非や自分のスタンスを明確に打ち出すのではなく、ただこういう状況があるよねと聴き手に差し出すだけ。実際のラナはリベラルでアンチトランプだけど、表現の中ではリベラルの正義を声高に叫ばないっていう。あのMVも、カントリークラブに来るような金持ちには裏の顔があるっていう陰謀論のメタファーだろうし、ラナが飛沫を防がないマスクをしているところとかも、すべてが絶妙。根底に自分とは違う立場への想像力があって。まあ、ファンとのミート&グリートのときもあのマスクをしていて批判されたっていう話を聞くと、あれ?って思わなくもないけど(笑)。

田中:ホント校了直後に彼女のアルバムが出るのが口惜しい!

小林:ドレイク「What’s Next?」もよかった。海外では、まるでプレイボーイ・カルティみたいなビートだって話題で。タナソウさんも最初聴いたときに同じ感想を言っていましたよね。

田中:ホワイトノイズ混じりのシンセの音色なんて、まんまなんだもん(笑)

Drake - What’s Next



小林:去年までのドレイクはドリルに接近してたけど、この曲は明らかに新モード。リリックの内容は、アルバムの延期が続いて「ドレイクは何してるんだ?」っていうファンの声に対するアンサーにもなっている。

田中:サウンドにもリリックにも「今の連中はどいつもゲームに最適化することに夢中だけど、俺はこれまでもこれからも常に誰とも違うことを一番最初にやるゲームチェンジャーであり続ける」というドレイクの矜持が現れてて、すごく批評的。今は誰もが休みなくリリースを続けているわけだけど、それってそもそもドレイクが始めたことじゃん?(笑)。でも、今度はすっかり姿を潜めちゃって、「ドレイクは何をしてるんだ?」って言われたら、偉そうに「俺は遊んでただけ」ってライムするっていう(笑)。この曲の後にもっと凄いカードを用意していることをほのめかしながら、「さあ、次は何が来るのやら?」と、高みの見物を気取ってるのがとにかく最高。

小林:やっぱり頭一つ抜けていますよね。自分が作り上げたゲームの規則の次をもはや用意しているんだということを、曲と活動で示したわけだから。

田中:俺が「ポップのメザニーン期」と呼んでいる、2018年から2020年までの間の退屈な状況に対する回答にもなってる。すっかり固定化した現状のゲームの規則をせせら笑っているという意味では、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのユニット、シルク・ソニックもそう。この「Leave The Door Open」って曲は、闇雲にトレンドを追いかけるんじゃなくて、エヴァーグリーンな曲を作り続けている俺がいつだってナンバー1なんだっていう表明だよね。

【和訳】Bruno Mars, Anderson .Paak, Silk Sonic - Leave the Door Open【公式】



小林:完全に我が道を行った超高品質なソウルで、正直最初はびっくりしました。

田中:めっちゃシルキーなグルーヴ。最初は「何、このオーセンティシティ?これ、今、ありなの?」って戸惑うよね?まあ、これをレトロだ、反動的だと言うのは簡単なんだけど――。

小林:ピッチフォークは、「巧みな過去のパスティーシュ。受動的に扉を開けておくんじゃなくて、リスナーを中に招き入れるべきだ」と結構厳しい評価でした。

田中:でも、もう完璧じゃん(笑)。リリックとしては、僕と君の恋愛はゲームじゃない、君への気持ちをソウル・トゥ・ソウルで打ち明けているんだっていうラヴソングなんだけど、これはそのまま今のシーンに対する批評にもなってる。音楽はゲームじゃない、リスナー一人ひとりのハートに向けて真っすぐ届けることなんだっていう。

小林:確かに今これだけ、みんながヴァイラルさせることに血眼な状況だと、むしろこれくらい余裕をもって構えている方が惹かれるかも。

田中:「扉を開けて待っている」というのは、表現というのは投瓶通信なんだという彼の矜持だよね。誰かが気づいてくれることを期待することなく、無人の大海にメッセージ・イン・ア・ボトルを投げ入れることなんだ、という。そもそもブルーノ・マーズは、「Message In A Bottle」を歌ったザ・ポリスのサウンドを参照した「Locked Out of Heaven」でブレイクした人だから、これは実に一本筋が通っている。

小林:無理矢理つながった(笑)

田中:少なくともラナ・デル・レイ、ドレイク、シルク・ソニックの三者はいまだ2010年代的なゲームの規則に最適化しようとする風潮に楯突いている。なおかつ、それぞれのアプローチが全然違う。間違いなくそこに勇気づけられた3ヶ月でもあった。ここ数年で一番ワクワクしてるかも。

小林:同意です。今年は面白くなりそうな予感がある。

田中:歴史が単線的じゃなくて、モザイク状にうねり始め、螺旋状に進行してる感じが最高。パンデミックを経て、いよいよ本格的に2020年代が始まるんじゃないか?って期待せざるを得ないよね。

Edited by The Sign Magazine

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