セイント・ヴィンセント『Daddy’s Home』評「ボウイへの敬愛と過去からの発見」

セイント・ヴィンセント(Photo by Zackery Michael)

セイント・ヴィンセントことアニー・クラークが、通算6作目のニューアルバム『Daddy’s Home』を5月14日にリリースした。本作の先行インタビューに続いて、ここでは米ローリングストーン誌によるレビューをお届けする。

アニー・クラークは狂乱的でレトロなニューアルバム『Daddy’s Home』を、ある種の過去への審判ととらえた。父親は数百万ドルの株価操作犯罪に関与して12年服役し、最近釈放された。その一方で、クラークはセイント・ヴィンセントの音楽的世界観をがらりと方向転換し、カルト的人気を誇るインディーアーティストから、ポップミュージック界の「次のカルトリーダー」を自認するまでに成長した。2017年の前作『Masseduction』は奇妙なエレクトロポップで名声を深く掘り下げていたが、『Daddy’s Home』はスライ・ストーンやピンク・フロイドといった70年代中期のアーティストのファンキーなスタイルで、過去へさかのぼって父親との関係性――本人の言葉を借りれば、「父親になる」ことで得た発見――を検証している。

クラークがデヴィッド・ボウイを敬愛していることはよく知られているが、それを考えると、このアルバムはシン・ホワイト・デュークのようにも聞こえる――これに関しては、自身もちょっとしたメディア騒動を起こしている。だが『Daddy’s Home』は、『ヤング・アメリカンズ』や『ステイション・トゥ・ステイション』というよりも『ロウ』に近い。ドラッグに溺れて落ちぶれ、スポットライトから遠のき、意思を明確にすることを避ける一方で、切迫感と自尊心はかたときも離さない。アルバムのインスピレーションになった時代やアーティストについて、「フラワー・チルドレンの理想主義の後、プレ・ディスコ時代」とクラークは語った。「あの時代は、今の私たちに通じるものがある気がする。今は自堕落ですさんだ、この先どうなるだろうって模索してる時代だから」

『Daddy’s Home』における最大の見せ場では、そうしたトゲトゲしさと葛藤が浮き彫りになる。「Pay Your Way in Pain」での怒涛のボーカルと小躍りするほどエッジのきいたシンセは、アルバムのオープナーとしてはトップクラスだ。他の収録曲でも、彼女は得意とするギターの腕前にますます磨きをかけ、リン・フィドモントとケニヤ・ハサウェイ(故ダニー・ハサウェイの娘)らバックアップシンガーの高揚感あふれるボーカルをバックに、シタールのソロやラップスティールを披露している。グルーヴィーな「Down」ほど、完璧にまとまった曲はない。とにかく完璧なポップ・トラックだ。




アルバムのコンセプトは壮大だが、歌詞の部分はいつもと変わらない。タイトル曲「Daddy’s Home」では刑務所の面会室でサインする様子を歌ってはいるものの、そこかしこに彼女の悩みや沈思が散りばめられている。薬物依存(耳について離れない『Masseduction』の「Pills」が下敷きになっている)、名声の代償、ピューリタニズム、マンハッタンの地下鉄での取り返しのつかない過ち。どれもクラークおなじみのテーマで、音楽の邪魔にならない限りとくに問題にはならない――が、感傷的な「The Laughing Man」やトリを飾る「Candy Darling」は、アルバムの最後に取ってつけたような感じもする。

「Candy Darling」の直前には、アルバムの真髄が詰まっているだけに残念だ。「My Baby Wants a Baby」でクラークは、“一日中ギターを弾いて” “食事はすべて電子レンジ”の生活を望みつつ、もしかしたら自分も母親になれるかも、と思いを巡らせる。その後に続く「……At the Holiday Party」では、財布を「薬箱」状態にしている友人にお節介を焼きながら、自らの問いに答えを出そうとする。“欲しがってるふりをするのよ、本当に必要なものは手に入れられてないことがバレないように”と、クラークは思いやりを込めて歌う。“私には隠し事はできないわ”

派手な宣伝文句や、「ダディ」という言葉にまつわる小生意気な挑発はさておき、この曲が本当に伝えようとしているのは、良き親になるまでの彼女の心の旅だ。リスナーが期待していた「自堕落ですさんだ」結末ではなく、おそらくそれがクラークの本音だろう。

【関連記事】セイント・ヴィンセントが語る刑務所を出た父親との絆、70年代ロックが持つ「癒し」


From Rolling Stone US.




セイント・ヴィンセント
『Daddy’s Home』
発売中
税込価格:3,300円
日本盤は歌詞対訳・解説付き、
ボーナス・トラック「NEW YORK FEATURING YOSHIKI」収録
試聴/購入:https://virginmusic.lnk.to/daddyshome

Translated by Akiko Kato

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