デイヴィッド・バーンが語る『アメリカン・ユートピア』、トーキング・ヘッズと人生哲学

スパイク・リーと『アメリカン・ユートピア』から学んだこと

―映画版の『アメリカン・ユートピア』を観てから「Every Day Is a Miracle」が頭を離れないんです。あなたは毎朝いったいどうやって、「奇跡」というべき新たな一日を送る準備をご自身にさせているのでしょう?

バーン:起こったことをただありのままに受け止めるんだ。確かに目を覚まして、ネットでいくつかの新聞に目を通したところですっかり鬱々として、落ち込んでしまう朝もある。寝返りだけ打ってすぐ、もうちょっとベッドの中にいたい気がするなあ、とか思ってしまう場面もね。でもそうでない時にはこう思う。「だめだ、ほら、僕には今日やらなくちゃならないことがあるじゃないか」ってね。時にはそれが至極つまらないことだったりする場合もある。でもそれでいいんだ。だから、そうやってまあ、身を乗り出すわけさ。自分のしているそういった単純なことどもにも、今は喜びを見つけられるようになったからね。



―スパイク・リーと仕事をして勉強になったことはなんですか?

バーン:思うに彼から学んだことというのは、僕自身がずっと何年もかけて学んできたことでもあるんだが、それは仕事に向かう時の信じられないくらいの熱量だ。そういうのは伝染するんだよ。彼はカメラマンが何をしているかに熱狂するし、俳優たちやバンドのやることなすこと一つ一つにわくわくしてる。周りで起こるすべてにだよ。彼は何もかも自分のエネルギーにしてしまうんだ。するとそれがまた伝染し、誰も彼もからよりよい仕事を引き出す結果になるんだよ。


デイヴィッド・バーンとスパイク・リー(©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED)

―「少しくつろぎたいな」と思うような時には何をなさるんですか?

バーン:自転車で出かける。友達やバンドのメンバーたちに「一緒に走ろう」と声をかけることもある。そして、ブルックリンやクイーンズやブロンクスに繰り出すんだ。どこだっていい。新しい御近所さんを開拓するわけさ。ああ、けっこうな運動になるよ。リラックスとはほど遠いのかも知れないが、でも、ただ座っててもだめなんだ。出かけないと。そうすればほかの誰かと一緒になる。近場にだって知らなかったような人々や場所が見つかって、自分の住んでいる地域に対する視野が広がる。理解が深まる。そういうのは素敵だよ。

―私も映画の『アメリカン・ユートピア』が、皆さん全員が自転車に跨がっている映像で終わっているところが好きです。

バーン:そうかい。実は、冬中ずっと自転車を走らせている人間は、ひょっとして自分一人かも知れないなとも思ってる。それはでも、僕が近場でしか生活していないからでね。僕らはツアーにもこの自転車を持って行くんだ。折りたためるからバスにも積める。そうやって、また別の町を探検するのさ。

―『アメリカン・ユートピア』の中では、あなたの曲「Everybody’s Coming to My House」を子供たちの一群が歌ったこと、そして、それがいかにも楽しげだったというエピソードも語られていました。でも、ご自身による同曲のパフォーマンスはむしろ不安げです。子供たちがそんなふうに歌うのを聴いて、何か気づいたことはありますか?

バーン:曲を書きながら、自分が何について書こうとしているのか、どこかではっきりとしないままでいるという事態は、実はままある。そして、時にそういった具合に、子供たちが歌を解釈して僕に跳ね返してくれるような場面がある。するとこう思うんだ。「ああ、これが僕の言おうとしていたことじゃないか。書こうと思っていたのはこれだ」って。だから、ある意味では彼らが、覆いを取り払ってそこにあったものを明らかにしてくれた、とでもいうような現象なんだ。そういうのはやっぱり素敵だよ。


2018年、米TV番組「The Late Show with Stephen Colbert」で披露された「Everybody’s Coming To My House」のパフォーマンス

Translated by Takuya Asakura

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