ジェイムス・ブレイクも惚れ込む歌声、ムスタファが紡ぐ「インナーシティフォーク」とは?

ムスタファ(Photo by Samuel Engelking)

ムスタファ(Mustafa)のデビューアルバム『When Smoke Rises』が多くの共感を集めている。ドレイクにその才能をフックアップされ、ザ・ウィークエンドやカリードへの楽曲提供を経て、本作でプロデュースを買って出たのはジェイムス・ブレイク。さらにジェイミーxxやサンファも迎えた大型新人とは何者なのか? 音楽ライター/編集者の天野龍太郎が解説する。

ムスタファという名前は匿名的で、その響きからはぼんやりとした像しか浮かんでこない。ムスタファ・アーメドという本名にしても、アラブ系で、おそらくムスリムだということは伝わってくるが、あまりにもありふれた名前である。

けれども、彼の歌声を聞いたら、その名前は、きっと忘れがたいものになる。傍らで語りかけるような発声と、なにより、その低くかすれた声質。ムスタファの歌は、聴き手にとても近い。フランク・オーシャン、モーゼズ・サムニー、サーペントウィズフィート……。ムスタファと比べたくなる現代の歌い手は少なくないが、孤独を強く感じさせる響きは、彼の才能に惚れこむジェイムス・ブレイクによく似ている。

とはいえ、ジョニ・ミッチェルやボブ・ディラン、ニック・ドレイクの表現に感化され、レナード・コーエンの詩を読みこみ、『Carrie & Lowell』におけるスフィアン・スティーヴンスの「喪」の表現に強く衝き動かされたというムスタファのことを「フォークシンガー」と呼んでも、まったく違和感はない。



彼が紡ぐリリックに耳を傾けると、またちがう側面が見える。ムスタファはストリートのリアリティに根ざした詩人だ。命を奪われた友人たち、人種と宗教差別、貧困……。ムスタファの詞から立ち上がる街の現実は荒涼としている。彼は、コンシャスなラッパーよりもナズやリル・ダーク、21サヴェージを好み、フューチャーの「痛み」に共感してきた(その姿勢は、ギャングスタ・ラップのマナーで撮られている「Stay Alive」のビデオやアートワークなどにもよく表れている)。ムスタファの音楽に耳を傾けていると、チャック・Dの「ラップは黒人たちのCNN」というフレーズが頭をよぎる。

1996年生まれ、24歳の詩人のデビューアルバムであるこの『When Smoke Rises』では、彼自身が「インナーシティフォークミュージック」と呼ぶ音楽が展開されていて、それは親密なフォークにも、内省的なソウルにも、路上のドキュメントであるラップミュージックにも聴こえる。


Photo by Yasin Osman

カナダのトロントで、スーダン移民の両親のもとに生まれたムスタファ・アーメドは、移民が多く住む公営団地リージェントパークにてイスラム教徒として育てられた。

早熟だったムスタファはプレティーンの頃から詩を詠んでいたといい、彼が12歳のころに綴った「A Single Rose」は、今でもYouTubeで聴くことができる。団地での暮らしを語り、社会に蔓延した不正義への怒りを表したラップとポエトリーリーディングの中間のような少年のパフォーマンスには、すでに「詩人ムスタファ(Mustafa the Poet)」の姿が刻まれている。



ムスタファはポエトリー/スポークンワードと音楽や映像とのクロスオーバーを積極的に試みていたようで、たとえば、エグボ・アート財団のショートフィルム『Spectrum of Hope』(2014年)では、ロバート・グラスパー風のジャズをバックに彼の朗読がフィーチャーされている。同作や「Lost Souls」(2013年)という詩のパフォーマンスでは歌とスポークンワードとを行き来するボーカルを聴くことができ、シンガーとしての萌芽が見える。



「Mustafa the Poet」を自称していた10代のころのムスタファの詩のテーマは、若者たちのエンパワメント、貧困、イスラモフォビア(イスラム教への偏見)、メンタルヘルス、暴力といった、社会と強く結びついたものだ。けれども、それらをあくまでもパーソナルな経験から語る態度は一貫しており、現在も変わっていない。一方で、言葉を畳みかけて強く訴える過去のパフォーマンスは、現在のシンガーとしてのスタイルと大きく異なる。とはいえ、このころに研ぎ澄まされた表現力が、今のムスタファの歌のそこここに感じられる。

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