「闘うクビドル」伊藤麻希がプロレスデビュー4年目で見た輝く「世界」

「闘うクビドル」が迎えた2年目の転機。そして世界へ

もちろんプロレスファンの多くが、彼女の転身を歓迎した。「LinQ」を正式に脱退した直後の2017年8月26日には、シングル初勝利を記録。以降、自虐的に「闘うクビドル」を名乗り、現在も主戦場となっている東京女子プロレスの中心メンバーとして活躍しながら、並行してタレント活動も続けた。



大きな転機が訪れたのは、2019年。1月4日に行われた山下実優が保持する王座に挑むタイトルマッチがきっかけだったという。

伊藤:それまでは、リングに上がれば、みんなが伊藤のことを応援してくれたんですよ。(現在はWWEを主戦場とする)里村芽衣子みたいなレジェンドと闘ったときもそうだったし、男子団体のリングで、男子を相手に試合をしたときもそうだった。でも、1月4日のタイトルマッチで山下と闘ったときは、そうじゃなかった。ファンが伊藤についてこないのがわかるんですよね。

プロデビューから2年目で迎えた壁。それは伊藤麻希が、プロレスラーとして真っ当な評価をされるようになった証拠でもあった。



伊藤:勝てなかったっていう以前に、プロレスラーとして期待に応える試合ができなかったんだなって。それで、あらためて「自分は何がしたいんやろ?」って悩んでしまって。

結論を出したのは、同年4月のNY遠征。タイトルマッチと同じ山下とのシングル戦を観た海外ファンの声援が、目の前の壁を崩してくれた。

伊藤:向こうのお客さんたちの反応を見て「伊藤、世界でいけるんじゃね?」って単純に思っちゃった。だったら、本気でプロレスやらないとダメだなって。体力づくりも含め、ぜんぶ基礎からやり直すことにしたんです。他の人の試合をちゃんと見るようになったのも、その頃からかな。



それまで並行して続けていたタレント活動も、これを機に整理することを決めたという。

伊藤:それまでは、ぶっちゃけプロレスなんて簡単だって思ってたんですよ。リングに上がるだけで応援してもらえてたから。でも、あらためて基本動作からやり直してみたら、なんて難しいんだろうって。それで夢中になってプロレスの練習をしているうちに、芸能には興味がなくなってきたんですね。女優とかタレントとか、そういう夢は全部捨ててもいいやって。何故なら、プロレスしかやりたくなくなったから。

持前の破天荒なキャラクターと闘魂に、実力がともなうようになれば、当然、これまでとは違った人気も出てくる。その先に待っていたのが、世界有数のプロレス団体「AEW」からの参戦オファーだ。


©AEW

2021年2月、AEW世界女子王座の次期挑戦者を決めるトーナメント(日本サイド)にエントリーした伊藤麻希は、水波綾と1回戦で当たり敗戦するものの、強豪を相手に硬軟織り交ぜながら一歩も引かない試合を展開。その結果、特別枠としてアメリカでの大会に招聘され、世界のプロレスファンに、強いインパクトを与えた。海外でも注目が高まる日本の女子プロレスだが、その中でも「Maki Itoh」の知名度は、彼女の得意技である「Kokeshi(倒れこみ式ヘッドバット)」の画像とともに、SNSで見かけない日がないほど高いものになっている。


©AEW

伊藤:AEWが旗揚げしたとき、同じ東京女子プロレスの坂崎ユカが呼ばれたんですよ。それが羨ましくって。その日からずっと、AEW参戦を見据えて練習を続けていました。だから呼ばれて当然とは思ってたけど、やっぱりオファーがあったときは、むっちゃ嬉しかったですね。コロナ禍での配信試合だったので生声はなかったけど、海外のファンから得た数万単位の応援は2013年の両国国技館と同じくらい、自分の人生を変えたと思います。

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