スクエアプッシャーの超ベーシスト論 ジャコからメタリカまで影響源も大いに語る

ベースとドラムビートの融合について

―『Feed Me Weird Things』に収録の「Squarepusher Theme」「Kodack」をはじめ、多くの曲で、ドラムマシンでプログラムされたビートがループではなく繊細に変化していて、有機的で生々しく聴こえます。こういったビートを作り出すためにドラマーの演奏を研究したことはありますか?

トム:そもそも音楽をたくさん聴くようになったのも、音楽が好きだからであって、ミュージシャンを目指そうと思って聴いてたわけじゃないし、一つのことだけに興味があって聴いてたわけじゃない。音楽がもたらす全体的な効果が好きで、それは今も変わらない。音楽の内部の仕組みにも惹かれるけど、自分にとって一番大事なのはいつだって全体像なんだ。と言いつつ、ドラマーに対しては特に強い関心があるのも確かだね。

というのも、「動きを感じる」という、自分が音楽で一番魅力を感じる部分を生成する部分がドラムだから。これはあくまで主観的な話なんだけどね。少なくとも自分の場合、音楽を聴いていて一番興味をそそられるのは「前に動く感覚」だ。子供の頃に、「何がそうさせているのか」というのが不思議でしょうがなかった。10歳とか11歳の時だ。聴いていて、「前に動いていると感じさせるのは、一体何なのか」って。静止した状態ではなく、動かしているのは何なのか。だからリズムをどう構築するかを理解することで、その答えを見つけようとした。

ドラムは持っていなかったけど、VIC20のコンピュータを持っていたから、そのコンピュータを使ってプログラミングして、ドラムビートを作った。ドラムビートをプログラミングするにあたって、ドラムビートが普通、どういう構成になっているのかを理解しようとしたよ。でも、ドラムセットを持っていなかったし、ドラマーのことも知らなかった。それぞれのドラムがどんな役割を果たしているのかも知らなかったし、どんな音を出すのかもわからなかった。ドラムがどんなものかは知っているけど、どういう仕組みでリズムを刻んでいるのかは知らなかった。だから手探りでやるしかなかったね。俺は何をやるにも手探りだ。「ドン」って音を作って、「パッ」って音を作って、「パシッ」て音をそれぞれ作って、それを上手く組み合わせると、それっぽいものができる(笑)。そうやってドラムビートを作っていった。それ以来ずっと、(ブログラムする上で)どうやったらいいドラマーのように「動き」を伝えられるのかっていう部分に魅力を感じているよ。あと、さっき話した同じバンドにいたドラマーを見て、リズムをどう構築するか学んだ部分も多いね。



―そのプログラミングしたドラムとベースの生演奏が完璧に組み合わさっている『Feed Me Weird Things』は今聴いても衝撃だと思います。この頃の楽曲の制作プロセスにってどんな感じですか?

トム:まず、このアルバムはアルバムとして作られたわけではないということを言っておく。レコード契約もまだなくて、誰にも名前を知られていない頃に、家で趣味として作った楽曲がほとんどだ。だからアルバムを想定して作ったわけではない。リチャード・D・ジェームズに自分が作った曲のテープで渡して、その中から彼が曲を選んで編成したアルバムだ。だから制作期間も長い。普通なら一枚の作品を作るのにさほど時間をかけないんだけど、このアルバムの場合、1994年の終わりから1996年初頭まで、約1年半にまたがって制作された楽曲が入っている。その間、常に実験を繰り返し、制作プロセスを変えている。だから1つの決まったアプローチがあったわけではないんだ。曲の数だけ違うプロセスがあるということだね。あれこれリズムを作るところから始めて、そこに音を重ねていったものもある。

「Theme from Ernest Borgnine」はメロディーを最初に思いついて、そのメロディーに背景を加えていった。「North Circular」は、具体的な音の塊が相互作用している視覚的なイメージを音に当てはめている。「The Swifty」は、ジャズとダブ・ミュージックという自分にとって重要な二つの音楽をどう絡められるか、ということを考えた。もちろん、1曲で答えが見つかるものではないけど、そういう発想から生まれた。一方、「Dimotane Co」は単純に爆音で聴いたらかっこいいだろうな、という曲を書いた。クラブのサウンド・システムで思い切り鳴らして、その音の中に没入したいような曲。グルーヴ音の総攻撃だ。



―2009年の「Solo Electric Bass 1」ではベースらしいベース演奏というよりは、エレクトリック・ベースという楽器で出来ることすべてを追求しているような作品です。このアルバムはどんなきっかけで作ったものなんでしょうか?

トム:まず言っておくと、リリースは2009年だけど、レコーディングしたのは2007年だったということ。自分のキャリアの中で、電子音楽に完全に飽きてやりたくないと思っていた時期だ。長期に渡って電子音を使って楽曲制作をしてきて、もちろん他の要素も使ってはいるけど、90年代中期から2000年代中盤まで10年以上もの間、電子音が作品の中心にあった。特に、『Go Plastic』や『Ultravisitor』なんかのアルバムは、電子音のプログラミングや加工の手法が非常に複雑且つ詳細で、情報量も多く、制作に多大な集中力を要した。で、「もうやめよう。これ以上やりたくない」と思ったんだ。「やってても楽しくないし、面白くない。違うことをやろう」って。

1998年に『Music Is Rotted One Note』を出した時にも同じような気持ちだった。あれも『Hard Normal Daddy』や『Feed Me Weird Things』といった作品の、全てブレイクビーツによって駆動している、いわゆるみんなが「スクエアプッシャー・サウンド」だと思っているサウンドからの反動だった。当時すでにエレクトロニックスのオーバーロード(過重)に対する反動として『Music Is Rotted One Note』を作っていた。あそこではドラムをプログラムする代わりに生ドラムを叩いて、ピアノとベースを弾いているわけだけど、まだプロダクションやレコーディングでは同じような作業をしていたわけだ。

で、「Solo Electric Bass 1」では、それとも全く違うことがしたかった。実際に何をしたかというと、スタジオを出て、キーボードやマルチトラック、コンピュータ、シンセといった録音機材から離れて、ベースとアンプだけで作ろうと思った。音楽的な理由からやったというのもあるけど、自分の生活を変えたいというのもあった。テクノロジーにどっぷり浸かりすぎていると感じたから。テクノロジーを使うと、それが思考性に影響を及ぼすと思っている。意思決定のプロセスを変えるし、特定のテクノロジーにどっぷり浸かっていると物事に対する見方も変わる。もちろんベースもある種のテクノロジーであることは確かなんだけど、もっと単純だし、無限に可能性を秘めたコンピューターと比べると初歩的なテクノロジーだ。だからテクノロジーを最小限に留めて、違う生き方を模索したかった。

やろうと思った理由には瞑想的な意味合いもある。つまりミュージシャンとして、自分の肉体に沿った仕事の仕方をしたかった。人間であることの肉体的現実に見合った形でね。それを実践してみたんだ。それに完全に専念して、同じセットを毎日練習したよ。同じセットを毎日、同じように通して演奏するという反復が気に入った。制作の進み方もゆっくりになった。楽曲を屈折させるにしても、ほんのちょっとした変更を加えるというもので、それまでのテクノロジーによって促進される大幅な変更とは違っていたね。


「Solo Electric Bass」2007年のライブ映像

―ちょうど『Music Is Rotted One Note』の名前が出たので、マイルス・デイヴィスのことも聞かせてください。『Music Is Rotted One Note』には70年代のマイルス・デイヴィスと彼のプロデューサーのテオ・マセロからの影響を感じます。マイルス・デイヴィスのどんなところが好きなんですか?

トム:自分が語る資格があるのかはわからないけど、マイルスは本物の天才だった。みんなを導く光のような存在だ。目指すべきものを示してくれる永遠の基準点。常に前に進もうとする姿勢だったり、勇気あるところもそう。異なる音楽性に対する偏見や優越主義といったことを気にすることなく、電気楽器を取り入れることも厭わなかった。例えそれに批判が集まろうともね。70年代初期の彼の音楽は当時批判されたけど、時代が変わるとともに、彼が正しかったことが証明されたわけだ。

マイルスは天才だということに尽きる。自分にとっては最も重要な存在の一人だ。俺には自分なりに進みたい道というものがあって、時にはリスクを犯すことだってある。ファンの反感を買っているのもわかっている。でも、そうするしかないんだ。自分が興味のあることをやらなきゃいけない。だからリスクも犯す。リスクだってことは自覚しているんだ。誰もレコードを買わなくなり、ライヴにも来てくれなくなったら続けられなくなるわけだからね。そのリスクは常にある。でもマイルスを見ると、リスクを犯してでもやるべきだって思える。マイルスやジョン・コルトレーンやフランク・ザッパは、そのリスクを犯す勇気があったのと、強い信念を持ってやったからこそ報われたんだ。人に理解してもらえるまで何年もかかったとしても、例えその過程で死んでしまったとしても、悲しいことではあるけどやる価値はあるんだよ。




―最後に、マイルスの作品をひとつ選ぶなら何を選びます?

トム:うわぁ。たくさんありすぎるし、振れ幅も広過ぎて無理だよ。

―じゃ、ふたつでもいいです。それか、今日の一枚を選ぶとしたら。

トム:今日の一枚だったら、うーーーーーん、『Sorcerer』かな……。ハービー・ハンコックやロン・カーターのいた60年代のクインテットが好きなんだ。凄いバンドだ。ということで今日の一枚は『Sorcerer』だ。明日はきっとまた違うだろうね。

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スクエアプッシャー
『Feed Me Weird Things』
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■オリジナルのDATから新規リマスター
■同時期のEP『Squarepusher Plays…』のBサイドに収録された2曲を追加収録
■16ページの拡大版ブックレット:セルフライナーノーツ、
使用機材の情報を含む本人による各曲解説、当時の貴重な写真やメモを掲載

■国内盤CDは紙ジャケ仕様、高音質UHQCD(全てのCDプレーヤーで再生可能)、
ブックレット訳とリチャード・D・ジェイムスによる寄稿文の対訳、解説書を封入
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Translated by Yuriko Banno

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