LOW IQ 01の青春時代「市川昌之からLOW IQ 01になった1991年」

ー『笑っていいとも!』の後の番組ですよね。

いいともが終わった後の30分って、そのままアルタで『ライオンのいただきます』だったじゃん。で、それが終わって、『いただきます』の2があって、1991年に『ごきげんよう』になった。だから、サイコロトークの「何が出るかな♪」っていうのも、ここからやっているわけよ。俺はスーパーニートだったから、いいとも放送の時間ぐらいから起き出して、ずっとダラダラと暮らす生活。でも、もうAPOLLO’Sやってるから、自分でやっとミュージシャンって胸を張って言える年になった。1991年はNUKEY PIKESのアルバムを聴いて、すげー衝撃を受けたかな。とにかくかっこよかった。

ー1991年はレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『Blood Sugar Sex Magik』が出てる年みたいですね。

渋谷のタワーレコードでCD買って、そのままアイゴン家でみんなで酒飲んで聴こうってなったんだけど、「1曲目、どんな感じで来る⁉︎」ってなって、チョッパーベースで始まるかなあって思ってたら、全然違う感じで始まって、みんな予想が外れたっていう。すごいPバンド寄りになったなと思った。でも、このアルバムはレッチリの中で1位、2位を争うくらいの名作だと思ってる。もちろん、『Mother’s Milk』が好きだったから、最初は地味に聴こえちゃったけど、聴けば聴くほどすごい。これでレッチリはスタジアムクラスのバンドになったんだよ。それこそ、「Under The Bridge 」とかじゃない? バラードみたいな曲をやって、前のギタリストの歌を歌ってるんだよね。1991年って、ちょうどザ・マイティ・マイティ・ボストンズが日本に紹介されて、1stアルバムの日本版を初めて聴いた。それで俺、今でも覚えてるんだけど、今はスカコア、メロコアが当たり前だけど、当時ザ・マイティ・マイティ・ボストンズはハード・コア・スカメタルって書かれてた。



ー世の中的な音楽の話だとニルヴァーナの『Nevermind』が出た年みたいです。

そうだね。俺はどっちかと言うと、レッチリ派だったから、最初は「サブ・ポップとか、グランジって何?」って感じだった。後に俺はフー・ファイターズを好きになってから、ニルヴァーナを好きになったタイプで。この時、みんなハーフパンツで、スニーカー履いてキャップ被ってスケボーをやる感じになってたけど。俺はグランジのボロボロのスニーカーにボロボロのデニムが、いただけなかったな。セックス・ピストルズのアルバムタイトルが『NEVER MIND THE BOLLOCKS』だから、どうしても受け入れづらかった。ちょうどロックという言葉が世代交代してきたんじゃない? 例えば、ビートルズだったり、ローリング・ストーンズは現役だったけど、第一期のロックじゃなく、第二期の俺ら世代のロックが来た感じがすごいするね。ロックンロールじゃなくなった。分かりやすく言うと、メタリカとかもめちゃくちゃ変わってきてるはず。

ー1991年はメタリカがブラック・アルバムを出してるんですよね。

ちょうどメタリカも速い曲じゃなくなってきたわけよ。メタルがグランジ系に寄ってきてしてきて、メタリカとかそういう感じになっちゃったんだよね。あとはパンテラとかだよね。かっこよかったもんなあ。

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