河村隆一が語る、音楽と機械式時計に共通する哲学

サポーターやファンが決める「価値」の基準

―音にはとことんこだわり、ヴィンテージ楽器・機材を愛用している隆一さんの哲学に重なりますね。

そうですね。村上開新堂っていう有名なクッキー屋さんをご存じですか? もともとこのお店は、宮内庁から「日本で最初のクッキー屋さんをやりなさい」というお題を受けてできたらしいんです。老舗中の老舗で、僕は知り合いに紹介してもらってそこの会員になったんです。で、早速クッキーを注文したら、「来年の10月までいっぱいです」と言われたんです。今年の春に注文して、来年の10月ですよ? 「来年10月までもう完売しております」と言うんです。この話で、何が言いたいかと言うと、CDって売れたら売れただけ嬉しいから、たくさん生産してたくさん売ろうとするじゃないですか。そうじゃなく、限られた数だけで「ごめんなさい。1日に10枚しかできないんです」というようなことがあってもいいと僕は思うんです。

―はい。

ライブだとわかりやすいですよね。100人しか入れられないこの会場の音が気に入ってライヴをやる。そこで、「ごめんなさい。100人しか入れないんですよ」ということは成り立っています。でも、長蛇の列ができるし、キャパシティが小さいからといって、音を支えるPAさんのギャランティも下げたくないから、「5000円のチケットを、7000円にします」ということをやっているような感じなんです。そういうふうにブランディングができたら、ただ稼げばいいっていうことじゃなくて、熱の込もった良いものを、限られた数、それを本当に愛してくれる人に売ることがもし音楽業界でも可能になったら、これは幸せだろうなって思うんです。村上開進堂さんや機械式時計の有名な会社の姿を見ていると、既にそれが実現しています。もしかしたら、オペラ歌手とかもそうかもしれないですね。ポール・マッカートニーの武道館ライヴも同じことが言えるのかもしれないし。

―ポール・マッカートニーなら、東京ドームでやっても埋まりますからね。

例えば、音にこだわってブルーノートでポール・マッカートニーがやるとしたら、チケット代が100万円でも行きたい人はいると思うんです。あるいはローリング・ストーンズがブルーノートで、アンプラグド・ライヴをやるなら、僕はチケットが100万円でも買うと思います。もちろん、高いから良いという話をしたいのではなくて、ものの価値に対しての価格があって、ちゃんとサポーターやファンが支えているということが大事だと思うんです。

―その発想は、ポストコロナの音楽のあり方の新しい提案のヒントになるかもしれないですよね。日本はかつて人口が増えていたし、CDは飛ぶように売れていました。でも、今は人口が減ってきて、大量生産、大量消費の時代ではなくなっています。今の時代で言えば、信頼関係のある人たちに対してしっかり良いものを届けていく。それなりの価格設定をして、クオリティをキープし続ける方がベターなのかもしれませんね。

その話の流れでいうと、初期のLUNA SEAでレコードのプレスをやってくださっていたスタッフの方々が、一度は引退していたんですが、また現場に戻ってきているんです。ご存じの通り、今またアナログが復活していますよね。だから、あなただけのためにカッティングしたレコードを届ける、という発想もありえますよね。それに合わせてステレオもセットしましょう、という発想があっても面白いですし。何百万もするようなステレオじゃなくても、10万円、20万円くらいで本当に良い音が聴けるコンポーネントを組んで、“この環境でぜひ僕の音楽を聴いてください”というようなことも成立するかもしれない。

―デジタル化って、ある意味、同じ情報をどれだけみんなで共有できるか、みたいなところがありますけど、「あなただけの」というアナログな世界に価値があるのかもしれない。そこにみんなも気づきだしている気もしますし、そういう価値観を広めていくアンバサダー的な役割に、隆一さんはピッタリかもしれません。

そういう嬉しい役目は是非ともやりたいですね。僕は、僕が歴代聴いてきた音の中にある良い音のギター、良い音のベース、良い音のドラム……、そしてそれを録ってきたアンプやマイクや空間など、いろいろなものにこだわって自分でも制作してきました。でも、その音を再生するところまでは手が届いていなかったので、今度は再生する側のこともいろいろやるとしたら、もっともっと広がるし面白いでしょうね。

Tag:

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE