エマ・ジーン・サックレイ、UKジャズの個性派が語る「変人たち」に魅了された半生

エマ・ジーン・サックレイ

 
エマ・ジーン・サックレイはUKジャズ界隈でもずっと謎の人だった。彼女はUKジャズの精鋭によるブルーノートのカバー集『Blue Note Reimagined』に当たり前のように名を連ねているし、現在のジャズ・シーンを騒がせているシカゴのレーベル、International Anthemから12インチをリリースしていたりと、世界的に最も注目を浴びているジャズ系ミュージシャンの一人であるのは間違いない。にもかかわらず、現在のUKシーンのどんな文脈にいて、どんなコミュニティに属しているのかいまいち見えてこないのだ。

UKジャズと言えばシャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアらのようにTomorrow‘s Warriors卒業生が活躍しているイメージがあるが、エマ・ジーンはそもそもロンドン出身ではないし、そのコミュニティとは異なる場所にいて、共に活動しているわけではない。ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン・ジョーンズらとはトリニティ・ラバンの大学院在学時に多少の交流があったそうだが、卒業後に密な関係があるようには見えない。


柳樂光隆・監修の新世代UKジャズ相関図より、エマ・ジーンは左上

音楽的にも近年のUKのサウンドとは異なっている。シーンを語る際によく言われるようなグライムやダブステップからの影響は感じられないし、ジャズの部分に関してもUKカリビアンやUKアフリカンの延長にあるものというよりは、どちらかというとジャズロックやフリーインプロから連なるものを感じさせる。実際、彼女がよく共演しているのは現代版ジャズロック的なバンド、ダイナソーのピアニストであるエリオット・ガルヴィンだったりする。さらにエマ・ジーンはUKロックの有望株、スクイッドのデビューアルバムに参加しているが、そもそもスクイッドみたいなバンドと繋がることも、UKジャズの主流とは一線を画した個性の表れとも言える。

彼女の音楽からは、マッドリブの過去作にも通じる疑似ジャズ・バンドみたいな感覚や、マカヤ・マクレイヴンのように生演奏をエディットする手法を聴くことができる。さらに、DJ的なセンスのレアグルーヴやスピリチュアルジャズの要素があるかと思えば、フリーインプロ的でアブストラクトなサウンドも聴こえたりもする。アフロビートやレゲエのようなUKジャズと共通する部分もあれば、Nu Jazzやディープハウスを思わせる要素も聴こえてくる。おまけに、道教(儒教・仏教と並ぶ中国三大宗教の一つ)にもとづくハングル文字の曲名があったりもして、ここまでくるともはや理解の範疇を完全に超えている。

そんなふうに書くと小難しそうだが、彼女のデビューアルバム『Yellow』は、ハッピーでグルーヴィーなダンスへと誘うハイブリッドなジャズ作品だ。エマ・ジーンの音楽にはとにかくいろんなものがゴチャッと入っている。よくわからない人なのだ。そこでエマ・ジーンとは何者なのか、まずはじっくり話を聞くことにした。これでようやく、彼女のことが少しわかってきたような気がする。




親近感を抱くのは「変人」

―まずはどんな感じで音楽を学んできたのか聞かせてください。出身校である王立ウェールズ音楽演劇大学ではどんなことを学びましたか?

エマ・ジーン:そこでは、ジャズ・パフォーマンスの学位を取得したんだけど、入学するのがすごく難しい学校で、1日目から一人前のミュージシャンとして演奏できることが前提になっている。演奏の技術をより磨いていきたい人のための学校だと思う。私はトランペットのパフォーマンスを学んでいたけど、歌をやったり、友だちとジャズ・オーケストラのチームを組んで活動してた。オーケストラでは作曲とビートメイクを担当していたんだけど、これは授業というより課外活動みたいな感じ。作業は全部、家に帰ってからやってた。

あとは、昨年亡くなってしまったキース・ティペットに師事して、主にインプロヴィゼーションを学んだ。彼はフリージャズ界の偉大なミュージシャンで、キング・クリムゾンと演奏したりもしていた人。私は週1回、丸1日かけて彼にインプロを学んでいたから、在学中に最も懇意にしてもらった先生だったと思う。そういうわけで、この学校での生活は(キース・ティペットから)ちょっと変わった型破りなジャズを学んで、(オーケストラのために)家でビートメイクをして、という繰り返しの生活。みんな私のことを変わり者として見ていたから、学校にはあまり馴染めなかったけど(笑)。

―特に印象に残っている授業はありましたか?

エマ・ジーン:キース・ティペットとのレッスン。最初の授業が印象的で、彼がランダムに学生を選んで、ステージの上でそれぞれ5分間とか、9分半とかの即興パフォーマンスをさせるというもの。2人のチームもあれば20人のチームもあって、その場で名前を呼ばれていきなりステージに上げられる。このレッスンは、曲の構成と全体の構造を短い時間で考える力だったり、決められた時間の中で、一貫したひとつの作品を作り上げる力を付けるのに役立ったと思う。



―(鍵盤奏者の)キース・ティペットから学んだのが大きかったとのことですが、フリージャズのトランペッターの研究もしてましたか?

エマ・ジーン:トランペットでずっと変わらず好きなのはマイルス・デイヴィス。彼にはたくさんのインスピレーションをもらっているし、私がジャズを始めたきっかけも彼だから。それ以外に関しては、先生や他の学生たちが、私がそれまで知らなかったミュージシャンをたくさん教えてくれた。ドン・チェリーやレスター・ボウイは、そうした中で知ったトランペッター。ただ、トランペッター以外のミュージシャンの方がよく聴いていたかも。サックス奏者やシンガー、あとはドラマーとか。私はトランペッター以外のミュージシャンの方をよく参照していたから。


トランペットを演奏するエマ・ジーン、Total Refreshment Centreで収録

―では、トランペッター以外だと誰ですか?

エマ・ジーン:まずはジョン・コルトレーン。彼の音というよりは、彼の紡ぐ旋律から多大なインスピレーションをもらってる。彼が響かせるメロディは直感に訴えかけてくるし、唯一無二だから。そこに影響を受けて、私も自分の音楽のトーンに自信を持つことができたし、トランペットを演奏したり、インプロしたりする時には歌えるものを作るようになった。シンガーだったら、ノーマ・ウィンストンやサラ・ヴォーン。それからチェット・ベイカーに関しては、彼のヴォーカル・ソロを譜面に起こしたりしてた。あとは、ドラマーだとエド・ブラックウェル。彼はドン・チェリーとも共演していた人。私はちょっと変な人に引き寄せられることが多い気がする。社会不適合者というか、変人というか、そういう人に親近感を抱くから。

Translated by Aoi Nameraishi

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE