ビリー・アイリッシュが語る「悪夢」と「希望」、トラウマと葛藤、過去の自分との決別

ビリー・アイリッシュ(Photo by Yana Yatsuk for Rolling Stone)


ニューアルバムが描く悪夢と希望

「このアルバムの中に、ハッピーな曲はほとんどない」。今作が2019年発表の『WHEN WE ALL FALL ASLEEP. WHERE DO WE GO?』の対極にある陽気で快活な内容だという見方を一蹴するかのように、彼女はそう断言する。『ババドック~暗闇の魔物~』にインスパイアされたデビューアルバムは、インダストリアルなエレクトロポップからジャジーなバラードまで、まるで夜驚症と明晰夢の追体験のような内容だった。ミュージックビデオでも無数の蜘蛛に象徴されるダークな世界観が描かれ、彼女の顔は黒い涙で覆われていた。

表面上では、『Happier Than Ever』が描くのは異なるタイプの悪夢だ。精神的虐待、権力争い、不信感など、ビリー自身と彼女の周囲の人々の体験に基づくストーリーの数々や、名声に対する自らの考え、禁断の愛というファンタジーなどが歌詞に反映されている。サウンド面では、デビューアルバムにおけるアトラクションに満ちたお化け屋敷のようなインパクトとは対照的な、より煌びやかでムーディーな電子音が魅惑的なサウンドスケープを描き、ビリーの紡ぐ言葉とともに漠然とした恐怖感を生み出す。

しかし、最もダークな曲群にさえも、彼女が経験した沈思や成長、そして何よりも希望を感じさせる瞬間が存在している。このアルバムが描くのは、完成までに至る長い道のりで傷が癒えていく過程であり、少なくとも彼女が自身を癒そうと努めてきたことは確かだ。



「頭を蜂に刺されたことはある?」

8歳か9歳の頃にキャンプをしていた際に、ビリーは頭部を「20箇所くらい」刺されたのだという。彼女がそのエピソードを明かしたのは、これが初めてではない。「何でそんなこと思い出したんだろう」。彼女はそう話す。「自分でもわかんないや」

彼女がそう口にしたのは、Sharkが空になったピーナッツバターの容器に夢中になっているのを眺めながら、不意に沈黙が訪れた時だった。彼女は沈黙が苦手であり、クッキーを焼いている間もビデオブロガーのように解説を挟み続けていた。筆者は彼女からエンバク粉の作り方(「エンバク以外は何も使わない。このジューサーに入れて、フルパワーで回すだけ」)や、チョコチップとピーナッツバターを練りこんだ生地のバランス(「たっぷり入れる人もいるけど、私は少なすぎるくらいでちょうどいい」)について教わった。


Photograph by Yana Yatsuk for Rolling Stone. Fashion direction by Alex Badia. Prop Styling by Brian Mayfield. Shirt by POLO Ralph Lauren. Bra by La Perla.

「トイレに行くときも、ケータイで何か観てないとダメ」。彼女はそう話す。「歯を磨くのも、顔を洗うときも一緒」。去年、彼女は様々なドラマを繰り返し観ていたという(『シャーロック』と『ジ・オフィス』は6回ぐらい観た。『New Girl/ダサかわ女子と三銃士』は4回ぐらいかな。あと『ジェーン・ザ・ヴァージン』も)。他にも『グッドガールズ:崖っぷちの女たち』『キリング・イヴ』『フライト・アテンダント』『フレイザー家の秘密』『プロミシング・ヤング・ウーマン』も「4回ずつくらいは観たはず」だという。

「全部ケータイに入ってる」。ビリーはそう話す。彼女はテレビを滅多に見ないが、唯一の例外は最近友達と一緒に初めて鑑賞した『トワイライト・サーガ』だ。「何をするにせよ、いつも何かしら観ながらやってる。そうすることで現実逃避できるから。『My Strange Addiction』に出れるんじゃないかな」(彼女は2019年に同名の曲を発表しているが、そこでは『ジ・オフィス』のセリフがサンプリングされている)

ビリーはもはや、思うように外出することができなくなっている。パパラッチや狂信的なファンに常に監視されており、中には裁判所から禁止命令を出してもらうケースもあった。『WHEN WE ALL FALL ASLEEP 〜』期のトレードマークだった蛍光色の緑のヘア、オーバーサイズの服、深く澄んだ円盤のような瞳という容姿があまりに広く認知されており、プライバシーはないも同然だった。そういった状況に対し、彼女は苛立ちを覚えるようになる。「私はまだ子供で、いかにも子供っぽいことがしたかった。近所の店やショッピングモールに行けないってことに、私はすごくムカついてたし、納得できなかった」

Translated by Masaaki Yoshida

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