ジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』関係者が語るリイシューの意義、フィル・スペクターの功罪

ジョージ・ハリスン(Photo by Barry Feinstein)


ダニーが経験した究極の試練

あまり楽しくない瞬間もあった。フォアマンの記憶では、「白い服をきたおかしな男」がEMIに突如現れた。「彼はエルヴィスになりたがり、そのあとクリシュナになりたいと言い出した。とにかくクレイジーだった」と彼は振り返る。「『こいつはここで何してるんだ?』って思ったよ。相手が何者かもわからなかった。ある意味怖かったね。ジョンが撃たれた時みたいだった。そこら中にクレイジーな輩がいたからね」。フォアマンの記憶では、ビートルズが信頼を置いていたマル・エヴァンスが、イカれ男を追い出した。

レコーディングが数カ月に及び、ジョージが山のようなギターやボーカルの多重録音にかかりきりになると、スペクターは退屈して不機嫌になり、酒に溺れるようになった。一度などは転落して、腕にギプスをはめていた姿をフォアマンも覚えている。「やせっぽちの小柄な体に、巨人が眠っているような男だった」とジョージはのちに語っている。「フィルとはたくさん笑ったし、楽しい時もたくさんあった。だが悪い時もたくさんあった。フィルと一緒にやった仕事のうち、約80%は仕事がらみだった。残りの時間は、彼を病院に入れたり、退院させたり。彼は腕を折るとか、他にもいろんなことをしでかしていたよ」

スペクターの離脱は、ジョージの野心的な試みを不本意なフィナーレで飾ることになった。「彼は最後まで制作をやり遂げられなかっただろう。フィル・スペクターらしからぬことだ」とフォアマン。「ある意味残念だよ、初期のテイクでの彼の仕事ぶりは素晴らしかったからね」

ジョージの成し遂げた偉業のすごさは、それから45年後、ダニーとヒックスが節目に合わせて18本のテープを聞き直した時にさらに明白になった。各曲にクレジットされたミュージシャンの名前には、漏れがあることもしばしばだった(「まさか50年後、誰かに手書きの文字を見られることになるなんて誰も思わないでしょう」 様々な色のペンでテープの箱に記入した本人、ジョン・レッキーは冗談めいてこう言った)。

だが彼らが発掘したものは、スペクターが帰宅した夜に行われた数時間強のジャムセッションだった。その一部はオリジナル・アルバムの3枚目「Apple Jam」に収録されている。やかましい「マザー・ディヴァイン」や、荒っぽいエレクトリックなソロ「ノーホエア・トゥ・ゴー」など(「ビートル・ジェフと呼ばれるのはうんざり」という歌詞は、彼のニックネームにちなんでいる)お蔵入りになった曲は長らくブートレックとして出回っていたが、もとのバージョンが発掘されて今回アルバムに加えられた。他にも、初期のころにリンゴ・スターとフォアマンを交えて収録された「ゴーイング・ダウン・トゥ・ゴールダーズ・グリーン」は、さながらエルヴィスのロカビリー時代へのオマージュだ。「心のごみ捨て場、言葉の膿みという感じでしたね」。 山のような楽曲についてダニーはこう冗談を言った。「出てくるときは、出てくるものです」

別バージョンのテイクを選別する段階になると、ダニーは意図的に、よく知られているバージョンとは明らかに違うテイクを採用した。「他のボックスセットでやっているように、それぞれの曲のテイクを8つずつ、なんていうことはしたくなかったんです」と彼は言う。「オリジナル・アルバムの流れはそのまま残しました」。そうした審美眼により、ボックスセットには彼が言うところの「まったく違った雰囲気のダウンテンポ・バージョン」がふんだんに盛り込まれている。ピアニストのニッキー・ホプキンスが参加した「イズント・イット・ア・ピティー」や、ツインギターが炸裂する「ラン・オブ・ザ・ミル」のテイク36などだ。「あの曲のギターは、オールマン・ブラザーズの『ジェシカ』を彷彿とさせますね」とダニーは言う。「僕らはギターモニーって呼んでいます」。おふざけを交えつつも軽快な「ゲット・バック」――ジョージはリラックスした感じで歌っている――も収録されている。



去る12月にスペクターはCOVID-19関連の症状で他界したが、ダニーの話ではそれ以前から彼の許可なしで再編作業を進めていたという。「当然でしょう」とダニーはきっぱり言った。「僕らも許可を求めませんでした」。結果的にダニーとヒックスは膨大な楽曲をミックスすることになったため(その数なんと110曲)ダニーはさらなるリリースの可能性もほのめかしている。もっとも、クオリティを厳格に守るというルールは譲らない。「父の音楽をけがすようなことは今まで一度もしてきませんでした」と本人は言う。「これらの楽曲を守り、クオリティの高いものだけが世に出るようにするのが僕の役目です。ガラクタをかき集めるようなことは絶対しません。父が死んだときにそう心に誓いました」

アルバムの成功のためにダニーが経験した究極の試練は、涙の洗礼だった。アルバムのオープニング曲「アイド・ハヴ・ユー・エニタイム」のリミックスを初めて再生したとき、すっかり取り乱したという。「ひたすら泣きました」と彼は言う。「聞きつけた母も泣きました。2人で『仕方がない、これが仕事なんだ』と思いました。僕のような人間は、父の音楽を何度も聴いているので何も感じなくなっています。仕事の場でも耳にしなきゃいけないし、そのたびに涙を流してはいられません。でもあの時は抑えられなかった。胸に迫るものがありました」

だが時にダニーは、嬉々としてプロジェクトについて語ってくれた。再販される『オール・シングス・マスト・パス』Uber Deluxe Editionには、96ページのスクラップブックの他(写真やジョージの日記などが収められている)、アルバムジャケットを飾るキャラクターとジョージのミニチュアフィギュアもついてくる。「妖精を再現したんです」とダニーは得意げに言った。「ぶっとんでるでしょう」

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From Rolling Stone US.




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『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念エディション
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【画像を見る】デラックス・エディション展開図

①50周年記念スーパー・デラックス・エディション(5CD + 1ブルーレイ【音源のみ】)
価格:20,900円(税込)

②50周年記念3CDデラックス・エディション
価格:5,500円(税込)

③50周年記念2CDエディション
価格:3,960円(税込)

④50周年記念スーパー・デラックス・LPエディション
価格:35,200円(税込)

※日本盤はSHM-CD仕様、英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付

⑤Uber Deluxe Edition※
5LP、3LP、3LP Color※

輸入盤のみ(※UNIVERSAL MUSIC STORE限定)

日本公式ページ:https://www.universal-music.co.jp/george-harrison/

Translated by Akiko Kato

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