マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ケヴィン・シールズが語る過去・現在・未来

【コラム】マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはなぜ日本を愛したのか?

「声高な表現をすることで、日本の人々にショックな出来事を思い起こさせたくはなかった。桜のブローチを数日身につけることで、そっと思いを示したかったんだよ」

2013年、MBVが実に22年ぶりの日本ツアーを行った時、ステージに立つケヴィン・シールズとビリンダ・ブッチャーの胸元には、小さな桜のブローチが付けられていた。これは当時、東日本大震災の復興支援活動「サクラフロントプロジェクト」に携わっていた、ケヴィンの長年の知り合いから譲り受けたものだと彼が話してくれたことを、筆者は今も時々思い出す。震災から2年、原発事故の影響を恐れて来日を控える海外アーティストがあの頃はまだ少なくなかったのだが、そのことについてどう思うか尋ねると、彼はこちらを真っ直ぐに見てこう言った。

「そんなことを心配して過ごすには、人生は短すぎるからね。僕はライブのためなら、シリアにだってイスラエルにだって行くよ。それに僕らは日本が大好きなんだ。日本が僕らによくしてくれてきた国だというのも大きな理由のひとつだね。僕がとにかく大事に思っている国、気にかけてる国はイギリス、アメリカ、そして日本の3つなんだ」


胸元に桜のブローチを付けたビリンダ・ブッチャー。2013年2月、大阪なんばHATCHにて。(Photo by Takanori Kuroda)

ケヴィン・シールズといえば、全てにおいて一切の妥協を許さない完璧主義者であり、「マスコミの前にはほとんど姿を現さない気難しい人物」というイメージが長年付き纏っていた。実際のところMBVの2ndアルバム『loveless』の制作費がレーベルの経営を傾かせただとか、1997年以降は有刺鉄線を張り巡らせた要塞のような自宅で半隠居状態だったとか、真偽が入り混じった噂話に事欠かないアーティストではある。しかし、2013年に筆者がケヴィンの密着取材をしたときに感じたのは、そうしたパブリック・イメージとは全く違う印象である。優しく繊細で、ユーモアと愛に溢れる人。そして何より、日本という国を特別に思ってくれていることは、彼の言動の端々から感じ取ることができた。

筆者が初めてケヴィンと「遭遇」したのは今から30年前、MBVが初来日を果たした1991年11月だった。東名阪でライブが行われ(好評につき東京では急遽マチネ公演も追加された)、当時大学生だった筆者は終演後、ひょんなことから楽屋に潜り込むことが出来たのだ。ライブクルーと顔見知りになった知人に連れられ、緊張で「借りてきたネコ」状態だった筆者に対し、ケヴィンもビリンダも気さくに接してくれて本当に感激したのだが、思えばその時から現在までケヴィンの「神対応」は全く変わっていない。


MBV初来日公演の終演後、ケヴィン・シールズと日本のファンが記念撮影。『loveless』Tシャツを着ているのが筆者の黒田隆憲。1991年11月、クラブチッタ川崎の楽屋にて。

2013年と2018年に来日した時も、例えばライブ終了後、会場の外に出待ちのファンがいれば、どれだけ疲れていてもバンを必ず停めて、サインや握手、記念写真など一人ひとりに対し丁寧に接していた。またツアー中のある公演では、終演後にステージから客席へと身を乗り出し、最前のファンと握手を交わしたり、ピックを配ったりしていた時もあった。筆者はこれまで様々な国でMBVのライブを観てきたが、ケヴィンがそんなことをしている姿を見るのは初めてだった。そのことを彼に伝えると、「うん、初めてだよ、そんなことしたの。自分でもどうしてだかわからないんだけど(笑)。日本でプレイするのは好きなんだ」と肩をすくめ、照れ笑いを浮かべていた姿もよく覚えている。

そういえば2018年に本誌ウェブで行なったケヴィンとの独占インタビューで、「最初に『コネクト出来た(通じ合えた)』と思えたのが、日本のオーディエンスだった。僕らと同じレベルで音楽を楽しんでくれているというか、(略)『僕らの音楽を、こんなふうに楽しんでくれたら嬉しいな』っていう目論見に、最も忠実に反応してくれたのが日本のオーディエンスだったわけ。こんなに音を馬鹿デカくしても、誰も怒らないし」と話してくれたこともあった。日本人の音楽に対するオープンな姿勢は、ケヴィンたちを深く感激させたようだ。

その一方で、同年の来日公演の際「ケヴィンたちが望むような大音量では、今回ライブが出来ないかもしれない」という情報が入ったときには、これまで見たこともないほど激怒していたという。ケヴィンの友人であり、後期コクトー・ツインズのギタリストだったタテミツヲから聞いた話だが、「ファック!」を連呼し「もう演奏はやらない」とまで言い出していたというから笑えない。結局、その問題はライブ前に解決したのだが、危うく日本に対する彼の印象が崩れるところだった。前述したように、基本的には穏やかで繊細な人物だが、それゆえに「こう」と決めたことは一切妥協しない厳しさも持ち合わせているのだ。筆者が初めて対面インタビューをしたとき、納得のいくインタビュー・スペースを確保するまで何度もダメ出しされたこともあったが(いまだにトラウマ)、それも彼の「厳しさ」の表れだったのだろう。

ともあれ、来日すれば必ず東京・秋葉原の楽器店通りをタテと共に訪れ、タテ曰く「まるでレコードのジャケ買いか、スーパーで缶詰をカゴに入れるように」ペダル・エフェクターを買い漁ることを楽しみにしているケヴィン。前掲のインタビューでも話してくれたように、日本の古典音楽(おそらく雅楽だろう)が持つサウンドに深く感銘を受けたり、自宅の周りに生息するシカについて調べながら日本に思いを馳せたりと、日本と日本人に対して深いシンパシーを感じているのは確かだろう。それは音楽に対する向き合い方だけでなく、そもそもの「気質」が似ているような気もする。MBVの活動休止中、プライマル・スクリームのサポートで何度か来日したときも、ボビー・ギレスピーたちのヤンチャな遊び方に付いていけず、チームから離れて日本の友人と食事をすることが多かったそうだ(彼はベジタリアンなので、レストランやメニュー選びにも苦労するのだが)。

数年前にニューヨークでMBVのライブを観たとき、同行した米国在住の日本人にケヴィンの印象を尋ねると、こんな答えが返ってきたこともある。

「とても神経質な話し方をするし、内にこもる人なんだろうなと思いました。質問すると『イエス』『ノー』のひと言で返してくるので、そこにこめられた重みがビリビリくるというか。この『間』に耐えられるのは限られた人、もしくは日本人くらいなんじゃないですか。アメリカ人だと、ケヴィンが黙って思考を巡らせている間、絶対に質問攻めにすると思いますよ」

子供の頃から日本の怪獣が大好きで、ヘドラやメカゴジラの絵ばかり描いていたというケヴィンは、ひょっとしたらその頃から日本と「コネクト」していたのかも知れない。


【関連記事】マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『loveless』 ケヴィン・シールズが語る30年目の真実




マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
新装盤CD/LP
『Isn’t Anything』『loveless』
『m b v』『ep’s 1988-1991 and rare tracks』
発売中
国内盤:高音質UHQCD仕様/解説書付
商品詳細:https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=2581
CD購入・ストリーミング:https://fanlink.to/mbv2021


『シューゲイザー・ディスク・ガイド revised edition』
発売中
監修:黒田隆憲、佐藤一道
詳細:https://www.shinko-music.co.jp/item/pid0648528/

Translated by Kazumi Someya

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