日本最初のバンドブームとなったGS仕掛け人・本城和治とともに振り返る

田家秀樹と本城和治





田家:作詞がなかにし礼さん、作曲が村井邦彦さん。この曲はどんな曲だと思っていらっしゃいますか?

本城:いくらオリジナル曲を書けるメンバーがいるとは言え、やはりアマチュアなのでいつまでもいい曲を書けるわけじゃない。これからプロとしてやっていくなら、スタッフもプロとして組んでいないといけないということで、村井邦彦に白羽の矢を当てて曲を作ってもらったんです。

田家:ショーケンさんのパフォーマンスも計算して書いていたんですかね。

本城:当然意識はしたでしょうね。

田家:先ほど海外の話も出ましたが、本城さんは海外録音の先駆者でもあって。1969年にザ・テンプターズのメンフィス録音のオリジナル曲を集めたアルバム『ザ・テンプターズ・イン・メンフィス』もリリースされている。

本城:メンフィスは当時、ボブ・ディランとかダスティス・プリングフィールドとかいろいろなジャンルの人がメンフィス参りをしていいアルバムを作っていたので、メンフィスサウンドというのも魅力ではありました。たまたま同じころに森山良子がナッシュビルでレコーディングするという話もあったんですよ。

田家:この話は最終週にまたお伺いしましょう。こういうGSがなぜダメになっていたんでしょう?

本城:色々原因はあったんでしょうけど……。

田家:この話も最終週にまたお伺いしましょうか(笑)。

Rolling Stone Japan 編集部

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