日本最初のバンドブームとなったGS仕掛け人・本城和治とともに振り返る



田家:FM COCOLOJ-POP LEGEND FORUM」本城和治さんの50曲。1970年を境にしたJ-POPシーン、日本語ポップスシーンの生みの親の一人。元日本フィリップス・レコードのプロデューサー本城和治さんをゲストに迎えた5週間。今週はGSについてお伺いしました。今流れているのは後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。

本城さんが選ばれた曲がそうだったんでしょうけど、やはりバンドの音だなと思いました。ギターが歪んで、ベースがアフターで、ドラムがドコドコ入る。そういうバンドのサウンドを最初に商業的にヒットして届けてくれたのがGSだったなと再確認しました。そして皆で歌うと楽しいという経験もくれました(笑)。日本で最初のバンドブームがこのGSでありました。ピークの時期は1966-1968年、1969から1970年になると人気は低迷します。1970年代に入ると、サイケデリック・ロックとかブルース・ロック、プログレッシブ・ロックなどのニューロックなどが出てきて、GSはそこに移行していく掛け橋になりました。同じころにシンガーソングライターも出てきてフォーク・ロックも主流になっていきます。なぜGSがあっという間に消滅したのかは、最終週に本城さんに改めてお聞きしようと思っています。ですが、やはり画一化、マンネリ化していったのが大きかった。そうさせたのは作家不足だったんだと改めて思いました。それが当時の日本の音楽状況だった。そういう曲を書ける作家がいなかった。ファンはかっこいいものに飛びつくわけですが、業界の中ではまだ認知されていなくて、やれる人もいなかった。数少ないディレクターがそれを支えていたのが当時の状況。その頃の最大の立役者の一人が本城和治さんだったんだと思いました。そこから始まったこともたくさんあります。来週は本城和治さんが手掛けられたキャンパス・フォークの話も伺っていきます。



<INFORMATION>


田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
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「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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Rolling Stone Japan 編集部

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