GSとカレッジフォークの仕掛け人・本城和治と振り返る、ジャンルを越えた名盤

田家秀樹と本城和治



本城和治(以下、本城):こんばんは。本城です。よろしくおねがいします。

田家:よろしくおねがいします。今週は名盤編と題してみました。シングルとアルバム、それぞれが違うものという意識はどのへんからおありになったんですか?

本城:私はアルバムには最初から興味があって。要するに60年代の中頃からアルバムアーティストというのが出始めてきて、日本ではいなかったんですよ。ボブ・ディランとか、ジョーン・バエズとか、ヒットがなくてもアルバムセールスがすごい時代になってきたかなという感じがあって。私がデビューさせるアーティストはシングルと同時にアルバムでデビューできるようなアーティストとしてやっていこうという思い入れがありまして。ただグループサウンズはどっちかと言うとターゲットが若いので、シングルが中心になって、そんなにアルバムが売れることはなかったんです。ザ・テンプターズあたりは結構アルバムが売れましたね。だから、マイク眞木とか、森山良子はみんなアルバム同時デビューです。レパートリーがたくさんあるアーティストがいました。アルバムでしか紹介できない曲とかありますから、そういった意味でアルバムアーティストは非常に興味ありました。

田家:今日最初にご紹介する曲は1969年、まだGSがあった時に作られたアルバムなのですが、海外レコーディングです。『ザ・テンプターズ・イン・メンフィス』からお聴きいただきます。「エブリバディ・ニーズ・サムバディ」。歌っているのはショーケンソロです。

Rolling Stone Japan 編集部

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