GSとカレッジフォークの仕掛け人・本城和治と振り返る、ジャンルを越えた名盤

田家秀樹と本城和治





田家:1977年4月発売、大橋純子さんの「シンプル・ラブ」。収録されているアルバムは『RAINBOW』。大橋純子&美乃家セントラル・ステイションの1作目でありました。このアルバムについてはどんなふうに?

本城:彼女はバンドでやりたい希望がずっとあって。バンドと一緒に音楽を作って、ステージをやる。それが彼女の理想でもあったんです。2枚目のアルバムができた時に、このアルバムのメンバーとちょっと違うんですが、初めて大体の母体がその時にできて、やっと人員が決まった。で、3枚目のアルバムで美乃家セントラル・ステイションという名前で正式にメンバーが固まった。バンドでレコーディングできた最初のアルバムなんで、思い出深いですね。

田家:今日はザ・テンプターズから始まって、かまやつさんの時代のロック系ミュージシャンがいて、先程の石川セリさんのところではティン・パン・アレーが登場し、この美乃家セントラル・ステイションではフュージョン系のミュージシャンまで登場してくる。本城さんがお作りになったアルバム、どれもその時代のビート、その時代のリズム。若手のミュージシャンが集まっている。そういうキャリアの重ね方でもあるんだなと。

本城:そうかもしれないですね。どっちかと言うと、はっぴいえんど系のミュージシャンを脇で見ながら、違う立場のミュージシャンとやっていた部分が多かったんですがね。だから、鈴木茂とか林立夫とか、あまりそういう人たちとやる機会はそんなになかったんですよね。でも、良いミュージシャンに巡り合って、一緒にできたなという感じはします。

田家:その中でも大橋純子さんは特別な存在だった。

本城:そうですね。この美乃家セントラル・ステイションと一緒にアルバムを6枚作りましたからね。ちょうど石川セリと大橋純子と、東と西とで対称的な音楽作りができて、それもおもしろかったです。

田家:今日、本城さんが選ばれた曲、8曲目なんですが1番新しい曲と言っていいかもしれません。2005年の曲です。加藤紀子さんのアルバム『Les oiseaux bleu 青い鳥』の中から、「デルフィーヌの歌」。

Rolling Stone Japan 編集部

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