シルク・ソニックはどこへ向かう? ブルーノ・マーズとA・パークのソウル革命を紐解く

シルク・ソニック結成までの道のり

「Leave The Door Open」と同時に発表された「Silk Sonic Intro」も、クール&ザ・ギャングやルーサー・ヴァンドロスが合体したような既聴感ありありの小品だ。そのイントロ曲でシルク・ソニックをプレゼンテーションするのは、予告されているアルバムのアートワークに“スペシャル・ゲスト・ホスト”として名前が記されているブーツィ・コリンズ。ジェイムス・ブラウンやPファンクのベーシストとして活躍し、自身のリーダー・アルバムも出しながら今なお現役で活動するファンカー。その昔ケネス・エドモンズというローカルのミュージシャンに対して「お前、童顔だな!」と言い、これを機にエドモンズが“ベイビーフェイス”と名乗り、R&B界の頂点に立ったことは語り草となっている。そんなブーツィがバックに控えているのだから心強い。シルク・ソニックというユニット名もブーツィが考案。ちなみに他の候補としては、「Robocop Funk」「A World Gone Pair」「Turkish Gold」という名前が挙がっていたそうだ。




ブーツィ・コリンズ、70年代に撮影(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)

ユニットの始まりは2017年。ブルーノのヨーロッパ・ツアー(24K Magic World Tour)でアンディがオープニング・アクトを務めたことがキッカケだった。冗談半分だったアイディアが大真面目なプロジェクトに発展したという。同時期にふたりはナイル・ロジャーズ&シックのアルバム『It’s About Time』(2018年)の制作現場(ロンドンのアビー・ロード・スタジオ)でも顔合わせ。そこでの交流も70年代のソウルやファンクにアプローチするというコンセプトに影響を及ぼしているかもしれない。いずれにしても原動力となっているのは、ふたりがオールドスクールな音楽のファンであること。それに尽きる。85年生まれのブルーノと86年生まれのアンディは70年代のソウルやファンクをリアルタイムで接していない。が、だからこそそれらをフラットな視点で捉え、ノスタルジーに浸るわけでもなく、無理に現代性を見出すわけでもなく、エクスキューズなしに古い音楽に向き合う。「あの時代の音楽、最高だよね!」と。そんな思いをリスナーと共有しようとしているのだ。



ブルーノは、80年代中期〜90年代前半のブラック・コンテンポラリーやニュー・ジャック・スウィングにアプローチした『24K Magic』(2016年)を出した際、同作がR&Bとして評価される一方で、黒人の血が流れていないことを理由に文化盗用だという批判を受けた。その批判をかわすために、同じアジア系(ブルーノはフィリピン、アンディは韓国)の血を引きながら黒人でもあるアンディと組んだのではないか?との指摘は穿ち過ぎだが、ジャンルが何であれ、ブルーノは過去の遺産を否定しない。皆が群がるような最新のトレンドやトピックからはあえて距離を置き、むしろ古き良きのほうを積極的に追い求めている。彼が幼少期から地元ハワイのクラブでエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンなどのモノマネ芸を披露していたことは有名な話だ。デビュー後はロックやレゲエなどを取り入れながらポップスの王道を行き、マーク・ロンソンとの「Uptown Funk」(2014年)あたりからR&B色を強めていった。一方のアンディも、ドラマー、ラッパー、シンガーの肩書きを持ち、ヒップホップのメンタリティでオールドスクールを捉え直し、現代感覚のソウルやファンクをやっている。2016年にはナレッジとのノーウォーリーズとしてアルバム『Yes Lawd!』を発表。2019年のソロ作『Ventura』では「Make It Better」で“元祖スウィート・ソウル“のスモーキー・ロビンソンと共演した。件のグラミー賞授賞式の故人トリビュート・コーナーではリトル・リチャードのメドレーも披露したブルーノとアンディ。シルク・ソニックは、そんなふたりのキャラクターと活動の上に成り立っている。

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