上原ひろみの葛藤 困難な時代にミュージシャンとして追い求めた「希望の兆し」

困難な時代に音楽を作る意味

―次の「サムデイ」については?

上原:2020年の5月〜8月まで、Instagramで「One Minute Portrait」というシリーズをやちりました。8人のミュージシャンと1分間の曲を発表する企画で、「サムデイ」はアヴィシャイ・コーエン、「ジャンプスタート」はステファノ・ボラーニ、「リベラ・デル・ドゥエロ」はエドマール・カスタネーダと共演しました。8曲から今回の弦カルに合いそうな3曲を選んで作り直しました。この曲はリモートじゃなくて実際に会ったり、いつか元の生活に戻りたい、またあの時みたいになりたい。そういう意味での「サムデイ」ですね。

―最初の組曲と「アンサーテンティ」に関してはシビアな現実感があったと思うんですよ。でも、「サムデイ」はもう少しポジティブで、上原さんっぽい曲だと感じました。

上原:ここからは明るさを取り戻していくセクションですね(笑)。



―「11:49PM」は『MOVE』(2012年)収録曲の再録ですが、なぜこの曲を?

上原:この曲は作った当初から弦の音が合うだろうなと思っていました。『MOVE』は一日の流れ、朝起きてから寝るまでを表現していたアルバムでしたが、今回のアルバムは“希望の兆し”をコンセプトにしているので、“明けない夜はない”という意味合いで入れることにしました。ヴァイオリンのピチカートで秒針を表現してますが、(そういう弦を用いたアイデアも)トリオでやっていた時から考えていたので、実現できて嬉しいです。

―原曲はドラムのサイモン・フィリップスが前面に出たアレンジなので、なんでこの曲だろうと思ってました。ドラムソロもかなり長いですよね。

上原:ライブだといつまでも終わらないくらいのソロでしたよね。

―トリオのアレンジを弦カルに置き換えたのではなく、全く別のアレンジを書いてるってことですよね。チェロとピアノの役割が流動的に変わったり、セッションっぽさもあってスリリングですよね。

上原:この曲はカデンツァ(※)のような形でひとりで弾くところが沢山あるのですが、そこからまた弦が交わる曲のターニングポイントみたいなところがあって、そこが自分としては気に入っています。ピアノだけになったあと、だんだんヴァイオリンが交わっていくところです。

※オーケストラとの協奏曲で、ソリストが伴奏なしで即興演奏するパート


Photo by Mitsuru Nishimura

―上原さんのアルバムはいつもコンセプチュアルで、一枚を通じてストーリーや世界観があって、それぞれの曲に役割があるような作りになっていますよね。ただ、ここまで生々しくて、現実感があるものはなかった気がします。

上原:生々しいという意味では、いつも自分の感情が動いたときに曲を書くので、どの曲も自分のなかでエモーショナルなものではあります。でも、これまでは自分の物語を書いてきましたけど、全人類が同じことを体験するというのは初めての経験で。共感性というのでしょうか、その部分では違うかもしれません。すべての人にとって生々しかったり、辛さや絶望を投影しやすいのかなって。同じような気持ちを感じたことがあるとか、おそらくこうだったんだろうなというのが想像しやすいというか。

音楽って本来持っているメッセージ性や作曲家が意図したこと以上に、聴き手の環境やタイミング、人生のストーリーによって曲の捉え方が全然変わったりするものですよね。自分はそんなつもりで書いてなかったのに、「辛いときに聴いたから、この曲は自分にとって希望なんです」とか「高校時代に付き合っていた彼女と聴いてたから、この曲を聴くと胸がキューっと締め付けられる」とか言われたり。そこが音楽の面白さだと思いますが、(コロナ禍みたいに)ここまで誰もが同じようなことを思う体験はないですもんね。

―最後の質問です。少し前に、「ミュージシャンにできることは、ひたすら音楽を作り続けることしかない」という発言が議論になりましたよね。上原さんはこの状況下における音楽家の役割についてどう思いますか?

上原:私はそれぞれが雇用している人たちに向けて、それぞれができるベストなことをすることが第一段階だと思っています。人は働かないと食べれないので。音楽を作ることって、誰しも最初は趣味で始めるじゃないですか。好きだから始めたわけで、仕事で音楽をやっているのも楽しい。でも仕事になったら、それで稼ぐこと、生計を立てることに直結してくる。私は高価な趣味もないので、必要最低限の生活ができる収入があればいいと思って音楽をやってきたので、これまでお金のことをあまり意識して考えたことがありませんでした。自分が働けば働くほど、私の周りで縁の下の力持ちとなっている人たちの生活が助かることはわかってはいたけど、そこまで必要性を深く考えたことがなかった。でも、今回のことを通じて考えるようになりました。

だから、「音楽を作ることしかできない」という言葉から何を連想するかだと思います。そこは受け手の想像力も試されているし、それぞれの環境にもよると思う。精神状態とか、生活のことも含めて。当たり前ですけど、今の世の中は健康的ではないですから。怒りのぶつけどころがないような、不健康で理不尽な状況にみんなが置かれているわけで。

言葉って難しいですよね。私は言葉のプロじゃないから、言葉できちんと納得できるように伝えられないし、それがうまくできないから音楽で伝えてきたので。取材を受けておいてなんですけど、インタビューで本当に伝えたいことが伝わっているのかはわからない。受け取る人によってはまた違う方に受け取られることもあるし。

でも、音楽をやっている人が音楽を作るのは、それこそがその人が最大に活かされることです。そして、それが結果的に、周囲にいる人にとってもプラスになると思うので、どんどんやればいいと思います。




上原ひろみ
『シルヴァー・ライニング・スイート』
発売中
https://jazz.lnk.to/HiromiUehara_SLS

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE