泉谷しげるデビュー50周年、エレックからフォーライフへの変遷を本人と振り返る

泉谷しげる



寒い国から来た手紙 / 泉谷しげる

田家:フォーライフ・レコード第1弾発売アルバム、8月に出た2枚組『ライブ!!泉谷~王様たちの夜』から、「寒い国から来た手紙」。こちらのバックはラストショウですね。

泉谷:そうです。カントリーはあまり好きではなかったんだけど、バカテクだよね。なんでこんなに上手いんだろうってアメリカで観て、ちょっと驚いたんです。

田家:これは後楽園ホールのライブ。

泉谷:そうですね。8時間ライブというやつです。

田家:フォーライフで出すというのが決まる前ですもんね。

泉谷:決まる前。録ってあって、フォーライフのやつが聴いて、「みんなの新譜が間に合わないから、泉谷のこれ出させてくれ」って言われて。

田家:もう1回言いますね。「みんなの新譜が間に合わないから出させてくれ」って(笑)。それで第1弾が発売になった。

泉谷:様子見を俺にさせやがってみたいな(笑)。

田家:フォーライフはいろいろな言われ方もされていますが、僕らは革命だと思ったりしたんですけど、当事者の意識はどんなものだったんですか?

泉谷:おそらく、すごいことやろうという気はあったでしょうね。ただ、どこを真剣になるかを組み間違えたんじゃないかな。音楽のところで、あるいはステージのところでもっとやろうと思ったけど、会社を大きくすることで経営学の方に行ってしまった。遊びじゃなくなっちゃったんですよ。それはダメですよね。

田家:先に小室さん、拓郎さん、陽水さんが決まっていて、泉谷さんのところには後から電話が来て。その時はアメリカにいたんですよね。

泉谷:そう、アメリカにいたんですよ。エレックの借金取りから逃げよう的なところがあって(笑)。

田家:エレックが潰れそうで(笑)。

泉谷:いなくなろうって、巻き添えさせられると大変だって。それ自体は素晴らしいなと思いましたよ。発想自体は。

田家:で、フォーライフからオリジナルアルバムが出ているんですが、これも泉谷さんのアルバムの傑作の1枚です。76年に4月に出たアルバム『家族』から「野良犬」。

Rolling Stone Japan 編集部

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